a faint
第35章 N-15
N’s eye
さっき口に含ませてやった角砂糖の欠片が最後の固形物だった。
”……甘…ぃ”
嬉しそうに目を細め 小さく息を吐いたオマエ。
あとは ボコボコに凹んだペットボトルの底から3cmほどある濁った液体だけが頼みの綱。
一昨日 お情けみたいな二時間ほどの降雨を 破れたビニールシートをどうにか繕い ようやく溜めた雨水。
栓を捻れば水が出てくるなんて 今となっては 迷信か妄想の域だ。
回転軸のズレたコロニーは 朝昼夜が 不規則に巡る。
制御のイカれた気象装置と人工太陽は 見境も 容赦もなく陽を照りつけ 雨は気紛れに降ったり 降らなかったり。
人工月は とっくの昔に 墜落してる。
とっとと此処を見限った奴らが こぞって飛んで逃げるのを 広い滑走路で 大の字になって 二人で見送ったのは もう随分と前。
オマエは呑気に ”バイバーイ” なんて両手を振り 眩しい陽射しは 濃い影を作っていた。
そんな物思いに 耽(ふけ)っている俺のシャツの裾が
「……カズ」
骨に皮膚を貼りつけたような干からびた腕に引っ張られた。
「ン?」
目を遣ると 枯れ枝みたいな指に 眉間をツンと突っつかれ
「…変な顔」
邪気なく微笑う。
”変な” じゃなく ”怖い” なんだろう、ホントのところ。
知らず知らずのうちにそんな顰め面になってたのか、それを誤魔化すように 鼻を摘み返せば フギャと猫みたいな声を上げた。
全身がほぼ生身のコイツと 脳以外ほぼマシン化しているオレとが この劣悪な状況下で 同じ様に死に直面しているのが滑稽千万。
砂地に 跪(つまづ)き よろけ 二人して尻餅をついたが最後 立てなくなった。
濁った雨水と 酸化した12オンスのオイルが 侘しい最後の晩餐。
「カズの握ったおむすび…」
肩先に寄っかかる頭を 撫でてやると
”……美味かったな”
オマエは 静かに口を閉ざした。
腰にぶら下げたラジヲの自動音声は 当てにならない天気予報と 廃(すた)れた歌を エンドレスに流す。
黄昏た砂の上に落ちた手を取り 風に戦ぐ髪を掻き上げ 額に瞼、頬に 順に口づけ まじないをする
”……こんな不穏な世界へ もう二度と目覚めないように”
叶う願い 叶わぬ願い。
もう 何も応えない口唇に 深く口づけた。
どうやっても 涙が止まらないんだ。