テキストサイズ

a faint

第37章 N-16

N’s eye

グラスに注がれた液体は何だったろう?

透明だから スポドリ系か炭酸水…はたまた ただの水道水か。

どちらでも構わない。

それを一気に胃へ流し込む様(さま)は まるで砂時計の砂が 上から下へ流れていくみたいだ。

グラスが空くのを 見計らったようにドアがノックされ 顔を覗かせたマネージャーの目が移動を促(うなが)す。

適当に返事し ソファーに投げ出してあったリュックを 左の肩先に引っ掛ければ 寄りかかってたバッグがパタリと倒れた。

ポツンと居残るアイツのトートバッグ。

スタジオから此処までの間 誰に捕まっているのか 戻る気配が全く無い。

帰る前 一言 掛けたかったか 掛けられたかったか

どっちでも構わない。

ホント どっちでもいいンだ 喉が潤えば。

ホント どうでもいいンだ 声が聞ければ。

さっきまで 肩を寄せ合い 笑ってた。

触れた肩に手をやっても 温もりの欠片すら残ってない。

そんな無意味で滑稽な仕草に ただ苦く笑うしかなく。

わざと腹を二つ折りにして 大袈裟な笑い声にして 乱暴に気持ちの収まりをつけた。

マネージャーの怪訝な顔と若干の苛立ちを余所にして バッグの横へ座りなおす。

ソファの背に 無造作に掛けてある上着の袖を 手に攫い 袖口を嗅ぐと ベルガモットと薄荷が混在する中に 仄かに匂うヤニ臭さ。

薄荷はアイツので 柑橘とタバコは おそらく俺…多分 俺…俺しかない…俺でありたい。

昨夜 抱きしめた細い身体のラインと 日に焼けた項(うなじ)が脳裏に浮かぶ

アイツの笑う声 泣く声 叫ぶ声 そして 沈黙。

縋りたいのか 縋られたいのか

所詮 なんだかんだと色々 逡巡したところで どうしたって どうしようもないんだ。

失敗した あぁ 失敗だ。

手繰り寄せた上衣を抱き締め 顔を埋めた。

なんだ この敗北感。

カツンと音がして 見れば ポケットから落ちたらしいリップクリーム。

半透明なソレに口唇を当て ひと塗り ふた塗り。

丁度いい 貰っておこう。

尻ポケットを弄(まさぐ)り リップクリームの代わりに 捨て損ねたタバコの空き箱をそこへ仕込み リュックを背負いなおす。

立ち上がれば マネージャーの苛立ちが 幾分か和らいだ。

廊下の角の向こうから 誰かの気配。

そっちは見ずに。

ざまあみろ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ