a faint
第44章 N-19
N’s eye
風前の灯火だったはずの命は まだこうやって潰(つい)えず かながな続いている。
あの日 動けないと座り込んだ砂地。
尻の下が 一気に下へと抜け落ちたのは どうやら風化寸前のシェルターが埋もれていたらしく その前世紀の遺物は 二人分の重みに耐えかねて 呆気なく崩れた…と云うオチ。
嵌(はま)った狭い空間から ポッカリと開けた頭上には 容赦なく照る人工太陽以外 何の影すらも見当たらない。
熱砂を巻き上げていた風がようやく止み ゆっくりゆっくり周囲を見渡していたオマエが 不意に
「ほら…」
見ろ と言わんばかりに差し出された手。
見れば 骨ばった手のひら指を凹ませた中に 小さな羽根…いや 羽毛が一枚あった。
空を飛ぶモノを終ぞ見かけなくなって幾久しく これは一体何処から流されてきたのか。
無意識にソレを摘(つま)もうとした俺の指を叩(はた)き 守るように翳された右手。
「…ケチ」
言い返した俺に べぇーと舌を突き出すオマエの鼻先を代わりにチョンと摘む。
顔を寄せ 微かな鼻息にすら フヨフヨ彷徨(さまよ)う覚束無い動きに目を細めて微笑むその嬉しげな横顔。
細くなった指先で 恐る恐るツンツンと突っつき
「この子 何処かにきっと居るんだよね…」
”……飛んでこないかなぁ”
漏れ聞こえた小さな呟き。
ふと 鳥が咥えてきたオリーブの小枝に 希望を見出した太古の賢人の話を重ねてしまう。
「ねぇ…」
視線だけをそっちへ向ければ
「…カズ」
呼ばれて
「もし…もしも……」
勢い何か言い募ろうとした口は すぐさまそれを打ち消す様にぎこちなく笑みを形作り そして 閉ざされた。
『if』… あやふやで曖昧な不透明極まりないワードの後に どんな言葉を続けようとしたのか。
「あ!」
不意に舞ったた羽毛の予測不能な動きは 追いかける手を容易く掻い潜り ヒラリヒラリと捕捉出来ないまま 風の中へ瞬く間に逃げてしまった。
空を仰ぐオマエの目に映るのは 見慣れた無機質な太陽だけ。
目を閉じ 俯くオマエの頬に両手を添え 噛み締めた口唇にキスをしよう。
どちらからともなくハフと溢れた欠伸。
このまま 睡魔に何もかも委ね 奈落の底まで 真っ逆さまに堕ちてしまおう。
夢も 希望も 明日も 未来も 見当たらないんだから。