テキストサイズ

Receptor

第1章 receptor

言葉だけだと分かっていても、貫の全てを許してしまう。
それでもその言葉だけで、紀は救われていた。
汗と精液に塗れた体のまま、紀は貫の腕の中で脱力した。
柔らかな毛布に包(くる)まる紀の体を軽く揺すり
「…紀?」
携帯が闇の中で光りを放ち、着信を知らせている。
腕の中で寝息を立てる紀に安堵して腕を緩めると、貫は静かにベッドから降りた。
急遽(いそいそ)と着替えを済ませ、音を立てないようにドアを開けて部屋から出て行った。
部屋が静まり返ると、紀は体を起こし膝を抱えた。
指先も、唇も、他の誰かを愛するのなら、愛して欲しくない。
紀の胸を鋭く抉っていく。
紀は止まらない涙を指先で拭った。



弥寧は紀が地下鉄の階段を上って来るのを、入り口の壁に凭れて待っていた。
ふたりはいつも待ち合わせているわけではなかった。
弥寧は同じように紀を待ち、偶然を装っていた。
紀も分かっていて、呼び止める弥寧に微笑んでいた。
時間通りに現れる筈の紀が、いくら待っていても現れない。
弥寧は気ばかりが焦り、徒らに時間だけが過ぎていく。
地下鉄を降りた紀は階段を力なく上り、目は虚ろだった。
弥寧に気付かずに通り過ぎて行く紀に、弥寧が呼び止める。
「栗花落?」
「…小鳥遊くん」
一瞬、弥寧に目をやって視線を逸らした。
「どうしたんだよ、ぼんやりとして」
「…そうだね」
紀は構ってくる弥寧を煩わしく思う。
「栗花落に会ったら一番に謝りたくて…」
弥寧は眉尻を下げて
「昨日はごめんな、どうかしてた…」
「いいよ、気にしてないから」
紀は弥寧の言葉に被せて突き放すと、目を伏せた。
弥寧は泣き腫らした紀の目元に気付き
「目元が赤く腫れてるけど、どうした…何か…」
直ぐに察した弥寧は
「またあいつなのか?あいつなんだろ?」
弥寧は声を荒げて、紀の両肩を掴んで揺らした。
「…離して、みんな見てるから」
紀の脆く儚げな微笑みに、弥寧は掴んでいた手を離した。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、その手を掴めない。
壊れてしまう事に臆病になってしまう。
学校に着いても弥寧は会話のきっかけを掴めないままでいた。
弥寧が視線を送っていても、紀と目が合う事は無かった。
チャイムが鳴り、教室の移動で紀と弥寧は別れた。
移動の途中で紀は忘れ物を思い出し、閑散とした廊下を駆けていると、準備室の前で貫の背中を見つけて歩みを止めた。
エモアイコン:泣けたエモアイコン:キュンとしたエモアイコン:エロかったエモアイコン:驚いたエモアイコン:素敵!エモアイコン:面白いエモアイコン:共感したエモアイコン:なごんだエモアイコン:怖かった

ストーリーメニュー

TOPTOPへ