Receptor
第1章 receptor
言葉だけだと分かっていても、貫の全てを許してしまう。
それでもその言葉だけで、紀は救われていた。
汗と精液に塗れた体のまま、紀は貫の腕の中で脱力した。
柔らかな毛布に包(くる)まる紀の体を軽く揺すり
「…紀?」
携帯が闇の中で光りを放ち、着信を知らせている。
腕の中で寝息を立てる紀に安堵して腕を緩めると、貫は静かにベッドから降りた。
急遽(いそいそ)と着替えを済ませ、音を立てないようにドアを開けて部屋から出て行った。
部屋が静まり返ると、紀は体を起こし膝を抱えた。
指先も、唇も、他の誰かを愛するのなら、愛して欲しくない。
紀の胸を鋭く抉っていく。
紀は止まらない涙を指先で拭った。
*
弥寧は紀が地下鉄の階段を上って来るのを、入り口の壁に凭れて待っていた。
ふたりはいつも待ち合わせているわけではなかった。
弥寧は同じように紀を待ち、偶然を装っていた。
紀も分かっていて、呼び止める弥寧に微笑んでいた。
時間通りに現れる筈の紀が、いくら待っていても現れない。
弥寧は気ばかりが焦り、徒らに時間だけが過ぎていく。
地下鉄を降りた紀は階段を力なく上り、目は虚ろだった。
弥寧に気付かずに通り過ぎて行く紀に、弥寧が呼び止める。
「栗花落?」
「…小鳥遊くん」
一瞬、弥寧に目をやって視線を逸らした。
「どうしたんだよ、ぼんやりとして」
「…そうだね」
紀は構ってくる弥寧を煩わしく思う。
「栗花落に会ったら一番に謝りたくて…」
弥寧は眉尻を下げて
「昨日はごめんな、どうかしてた…」
「いいよ、気にしてないから」
紀は弥寧の言葉に被せて突き放すと、目を伏せた。
弥寧は泣き腫らした紀の目元に気付き
「目元が赤く腫れてるけど、どうした…何か…」
直ぐに察した弥寧は
「またあいつなのか?あいつなんだろ?」
弥寧は声を荒げて、紀の両肩を掴んで揺らした。
「…離して、みんな見てるから」
紀の脆く儚げな微笑みに、弥寧は掴んでいた手を離した。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、その手を掴めない。
壊れてしまう事に臆病になってしまう。
学校に着いても弥寧は会話のきっかけを掴めないままでいた。
弥寧が視線を送っていても、紀と目が合う事は無かった。
チャイムが鳴り、教室の移動で紀と弥寧は別れた。
移動の途中で紀は忘れ物を思い出し、閑散とした廊下を駆けていると、準備室の前で貫の背中を見つけて歩みを止めた。
それでもその言葉だけで、紀は救われていた。
汗と精液に塗れた体のまま、紀は貫の腕の中で脱力した。
柔らかな毛布に包(くる)まる紀の体を軽く揺すり
「…紀?」
携帯が闇の中で光りを放ち、着信を知らせている。
腕の中で寝息を立てる紀に安堵して腕を緩めると、貫は静かにベッドから降りた。
急遽(いそいそ)と着替えを済ませ、音を立てないようにドアを開けて部屋から出て行った。
部屋が静まり返ると、紀は体を起こし膝を抱えた。
指先も、唇も、他の誰かを愛するのなら、愛して欲しくない。
紀の胸を鋭く抉っていく。
紀は止まらない涙を指先で拭った。
*
弥寧は紀が地下鉄の階段を上って来るのを、入り口の壁に凭れて待っていた。
ふたりはいつも待ち合わせているわけではなかった。
弥寧は同じように紀を待ち、偶然を装っていた。
紀も分かっていて、呼び止める弥寧に微笑んでいた。
時間通りに現れる筈の紀が、いくら待っていても現れない。
弥寧は気ばかりが焦り、徒らに時間だけが過ぎていく。
地下鉄を降りた紀は階段を力なく上り、目は虚ろだった。
弥寧に気付かずに通り過ぎて行く紀に、弥寧が呼び止める。
「栗花落?」
「…小鳥遊くん」
一瞬、弥寧に目をやって視線を逸らした。
「どうしたんだよ、ぼんやりとして」
「…そうだね」
紀は構ってくる弥寧を煩わしく思う。
「栗花落に会ったら一番に謝りたくて…」
弥寧は眉尻を下げて
「昨日はごめんな、どうかしてた…」
「いいよ、気にしてないから」
紀は弥寧の言葉に被せて突き放すと、目を伏せた。
弥寧は泣き腫らした紀の目元に気付き
「目元が赤く腫れてるけど、どうした…何か…」
直ぐに察した弥寧は
「またあいつなのか?あいつなんだろ?」
弥寧は声を荒げて、紀の両肩を掴んで揺らした。
「…離して、みんな見てるから」
紀の脆く儚げな微笑みに、弥寧は掴んでいた手を離した。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、その手を掴めない。
壊れてしまう事に臆病になってしまう。
学校に着いても弥寧は会話のきっかけを掴めないままでいた。
弥寧が視線を送っていても、紀と目が合う事は無かった。
チャイムが鳴り、教室の移動で紀と弥寧は別れた。
移動の途中で紀は忘れ物を思い出し、閑散とした廊下を駆けていると、準備室の前で貫の背中を見つけて歩みを止めた。