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時計じかけのアンブレラ

第6章 花火 2019

食後に二人でベランダに出た。
黄昏を過ぎて、周囲のビルにある赤色灯の点滅が都会の夜を飾っている。
陽が沈んで少しは涼しくなったかと思いきや、どうしたって部屋の中の方が快適だ。

縁側のある平屋で庭に水を撒くなんてことは、一時だけ違う世界を旅するようなもので。
この世界の俺達には仕事でなければ難しい。

それでもあの仕事は楽しかった。

久しぶりに二人で過ごす夜なのに、何だか妙に悲観的になってる自分に気がついて、俺は自分を戒める。

温暖化のせいで夜になっても絶えることのない蝉の声は、此方でも彼方でも同じだろう。
大事なのは何処で過ごすかじゃない。
誰と、どんな気持ちで過ごすのかだ。

キャンプ用らしい虫の来ないロウソクを灯し、智君が作った線香花火に火を移した。
勿体ないから1本ずつやろう、ってことで、最初に智君がそれを手にする。

市販のものよりも遠慮がちに咲き始めた高温の小さな花は、ひっそりと静かで、この人に良く似合っていた。

「なんか、可愛い」

「健気だね」

「ん」

橙の灯りにほんのりと照らされた、美しい横顔を見つめながら思う。
俺はこの人と二人で居られることの幸せを諦めるつもりはない。

火種が途中で落ちることもなく最後まで燃え尽きる間、二人で黙って眺めてた。

「次、しょおくんね」

「うん」

火を点けようとした時、パンッと乾いた音が遠くから聞こえた。
続いてくぐもった重い音。

「「?」」

二人立ち上がって音源を探す。

「しょおくんっ、花火っ」

智君が弾んだ声で言って手摺に向かう。
続けて音が鳴る。

「ほらっ、見てっ」

遠くの空を指さしながら俺を振り返るその間にも、イエローゴールドの花が弾けて、地上に向かって流れて行った。
あれは港の方角だ。

「お祭りかな」

言って智君の横に並び、肩を抱いた。
緑、赤、と光が続く。
距離があるのか、勢いまでは伝わってこない。
それでも綺麗だ。
充分だ。

青い花が咲いた時、マンションの下の階でサッシが開く音がして、女性のはしゃぐ声が聞こえた。

「や~まや~!!」

俺と智君は思わず顔を見合わせる。
二人で声を出さずに口だけで笑った。

うん、笑っていよう。

残った花火は、また来年やればいい。
これが最後ってわけじゃないんだ。

智君の肩を抱いたまま、俺達は二人の部屋に戻ることにした。




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