テキストサイズ

時計じかけのアンブレラ

第10章 胡蝶の羽ばたき

「俺の智君は、病気で亡くなったわけじゃないよ」

俺はもう一人の智君に言った。
知らなくても良いことを教える必要はない。
こっちの二人は違う選択をしたのだから、俺達とは違う人生を歩むのだろう。
自分とごっちゃにしてはいけない。

「…ほんと?」

心配そうに言った智君の、閉じた唇にキュッと力が入る。
一瞬考えてからワンテンポ遅れて反応するところも、緊張すると唇を結ぶ癖も、瓜二つで。

「俺のこと、信じられない…?」

ダメ押しでちょっと傷ついた顔をして見せたら、あっ、って気がついて。

慌てて首を振り、違う、ごめん、って。
一生懸命に否定してくれる。

これが夢でないなら、一体、どんな奇跡なんだろうか。

小さな貴方に遭った時には夢だとしか思わなくて。
けれど、こうして詳しい話を聴けたからには、俺のやることは決まっていた。
まずは、こっちの智君が記憶している過去の時間に飛ぶ。

出来るかどうか正直分からないけど、既成事実としてあるんだから、そうなる筈だ。

俺がこっちの智君に出会うのはこれが2回目。
そこから予測すると、今後、俺はそれぞれの時間にランダムに飛ぶ可能性が高いように思われる。

教えてもらったキーワードを、漏れの無いように実行していけばいい。

いつもスーツで青い傘。
中学生の智君に名前を訊かれたら「青江」と名乗る。
2015年の智君と話す時に、そのことが大事なカギになる。
それ以外の時間に行ったら、少しでも導いてやれるように。
今の、大人の俺だからこそ言えることを伝えよう。

この世界には、この世界の翔が居る。
俺がここに留まって智君と寄り添うことは出来ない。

充分だ。
智、貴方に会えるなら。
俺が知らなかった貴方に会えるなら、奇跡でしかない。

「こっちの俺は、貴方の役に立ってる?」

点滴が入っていない方の手を握って親指で擦りながら、これ以上不安にさせないように何でもない風に訊いた。
智君が、ふにゃっと笑う。

「しょおくんは、いつでも優しいよ
青江さんとおんなじ
頭が良くて、イケメてて
でも時々抜けてて、ポンコツになるの
んふふっ」

嬉しそうに笑うから、俺の胸にも温かな灯がともる。

「そっか…」

誰に惚気ることも出来ない関係だから、メンバーに俺の話が出来るのが嬉しいって。
俺が愛した人が、かつて、そう言ってたのを思い出した。





ストーリーメニュー

TOPTOPへ