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その瞳にうつりたくて…

第2章 音色

「え、え、あの…っ」

あ、俺は何で呼び止めようとしてるんだ?
呼び止めてどうする気だ?
俺の正体を明かすのか?
せっかくバレないで済んだのに、自ら正体を明かすのか?
バレたら絶対バカにされるのは目に見えてるだろう…。
今まで、嫌というほど経験して来ただろう…。

しかし、呼び止める間もなく、彼女は俺の脇をすり抜けて教室から出て行ってしまった。


そこに残ってるのは何かの香水か、彼女のシャンプーの香りなのか、甘い香りが残っているだけ。


俺…、何してるんだ?
今の出来事は何だったんだ?
懐かしいメロディーに引き寄せられて、誰もいない第三音楽室に来たら目の悪い女の子と出会ってしまった。
しかも彼女は視力が悪いのか俺の正体に気づいていない。

まるで夢の中にいるみたいだった。
全く夢としか言いようがない事態に、俺はその場で動けなくなってしまった。

ただ、彼女が奏でていたピアノの音色が耳から離れない。
一体彼女が何者かもわからずじまい。
ここの生徒なのか、それとも指導員なのかさえわからない。





彼女は俺の顔をハッキリ見てない、認識してない。
その事が俺に安堵をもたらした。
不謹慎かも知れないが、彼女が俺の正体に気づいてなくて良かったと思ってしまったのだ。


「何やってんだよ、俺は…」


もう二度と会うこともないかも知れないが
俺は何故か彼女の音色が忘れられなくなる。

そんな気がした。




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