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その瞳にうつりたくて…

第1章 過去と今

「それはそれはすいません」

平井先生は海外へ音楽留学もしたこともあるらしくCDも出版している。

平井薫、わかる人にはわかる実力者だ。

そうなると平井先生に指導してもらいたいという生徒も多い。
温かい家庭もあるし仕事も順調。
俺とは正反対の人生を歩んでる。

「それじゃ、私はこれで。また明日」
「はい、それじゃ」

ニコリと笑った平井先生は踵を返しレッスン室から出て行った。
その背中を見ながら思っていた。

平井先生は帰れば誰かがいてくれる。
平井先生の帰りを待ってくれてる人がいる。
俺は家に帰ったところで出迎えてくれる人なんていない。
今になって寂しいという感覚はないが、しーんっと静まり返った部屋に帰ると何故か肌がひんやりと冷える。

でも、それは俺だけじゃない。
この世の中に、自分の満足の行く人生を歩んでる人なんてどれだけいるんだろう。

自分の夢を叶え、自分の好きな仕事に就けてる人間なんてほんの一握りだ。
きっと俺のように、何かを諦め妥協して生きてる人の方が多いのだろう。

俺だけじゃない。

俺はいつも、スクールから帰るときに自分にそう言い聞かせている。
そうでもしないと、心が崩れてしまいそうになる。

自分にそう言い聞かせながらスクールを後にするが足取りは重い。



俺がやりたかったこと…。
そんな詮のないことを考えながら、俺は今日もこの東京で生きている。



お前と出会うまでは、ずっと…。





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