テキストサイズ

風に吹かれて

第1章 それぞれの器

仕事が忙しいのと、エコモード全開のプライベートを過ごしているうちに、お話を書く指がすっかり止まってしまった。

なので、書く感覚を忘れないように、日々の雑感など思いつくまま綴ってみようと思う。

今の自分が持っている、安心して自己表現が可能な場所がここしかないので。
お話ではないんだけど、時々更新いたします(前置き長い)。



この頃はブログでフォローしているお部屋の訪問も滞りがちで、数日分をまとめて読ませて頂いたりしてて。
本当に安心して読める、心地良いと思えるところだけ、ギリギリ何とか伺ってる。

本もそう。
テレビも映画も。
雑誌も。
ニュースも。

溢れてる情報。
周りにいる沢山の人達。
行きたい場所、見たいもの、食べたいもの。

全部そう。

とにかく体力も気力も少ししかないので、どうしても接するものを厳選せざるを得ない。



ただ、優しい気持ちで、日々を心地良く過ごしたいだけ。
悩んだり、腹を立てたり、文句を言ったりしたくない。

自分がキャパの狭い、悩みやすい小心者だってことは良く分かってて。
大多数の人が普通にやっていることが出来なかったり、スルーするのであろうことが気になったりする。

結局持て余して、切り捨ててしまう不甲斐なさに落ち込むこともあり。
大好きな彼みたいに、黙って見守る包容力があったらどんなに良いかと憧れる。

おっとりとして、ほよんとしてて。
ふにゃっと笑って。



頑張って苦手なものを克服しようとか。
いろんな情報を取りこぼしたくないとか。

そういうふうに思っていたこともあるけど、無理をしても、最終的にはあんまり良い結果にはならないよね。

自分を損なっているだけの行為なのに、気がつかなかったりしてね。

痛みと引き換えに何かを得るのは、確かに一つの手段ではあるけれど、自分自身を大事にしていることとはちょっと違う気がする。



個人のキャパシティはそれぞれで、それをどうこう言っても何も始まらない。

自分のキャパ。
相手のキャパ。

違う人間なんだから、違って当り前。

このことが本当に腑に落ちていれば、どんな人に対してだって、きっと腹なんか立たない。



相手の存在を否定せずにそのまま認められる、真に成熟した大人は。
社会の中にどのくらい居るのだろうか。









ストーリーメニュー

TOPTOPへ