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森の中

第5章 5 山を下りて

 帰宅しようと駐車場に向かい人気のない薄暗い廊下を歩いていると、ソファーに腰かけて俯いている女がいた。下を向いてしまって顔は見えないが小屋に来る女だということはわかった。声をかけるべきか少し迷ってゆるゆる歩いていると足音に気づいたようで女がはっと顔を上げる。

 泣きはらした目で驚いた表情をしてこちらを見た。

「大丈夫?」
「あ、ええ。こんにちは」

 何度か身体を重ねたせいだろうか、通り過ぎることができずに冬樹は尋ねた。

「そんなに泣いてどうしたんだ」

 女がぽかっと口を開けたまま涙をこぼす。

「母が……もう……。前の検査では持ち直すかもって言われたんですけど、転移してて……やっぱりあともう数か月っ……」
「そうか……」

 女はしゃくりあげて立ち上がり冬樹に頭を下げて立ち去ろうとした。

「入院してるの?」

 冬樹が声をかけると女が
「ええ。これから病室に見舞いにいきます」
 と髪を直し、ハンカチで強く顔を押さえながら上を向いて言った。

「僕もいこう」
「えっ?」

 女は驚いて冬樹をじっと見た。女の表情を見ながら冬樹は亡き妻の最後を思い出していた。


『あなた。もう病院はいやよ。早く山に帰りたい』
『すぐ帰れるよ。もう少しだけだよ』
『お願い。今帰らないともう帰れない気がするの』
『先生がもう一回検査すれば終わりだって言ってたから』

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