森の中
第10章 10 面影
――君枝は瑠美にとって最愛の人であった。家族との絶縁状態にあった君枝は一人で瑠美を生み育てた。二人で寄り添いつつましく生きてきた。二十代に勤めていた会社の年配の上司からアプローチされたとき母に楽をさせてやりたい一心で特に好きでもなかったが乞われるまま結婚をした。
若い瑠美を最初夫は可愛がってくれていたが、従順でも人形の様な態度に不満が出てきてしまい、別の女に走ってしまった。そして離婚に至る。
その後、やはり別の勤め先でも同じように瑠美と結婚を望んだ男がいたが君枝が制した。自分自身は愛する人と結婚が出来なかったが愛のない結婚をするよりはましだと瑠美を諭した。それからは男に誘われても流されることなく断り続けていた。
(お母さんが一番だった)
母が書いた数行の日記の自分の名前にとめどなく涙が溢れてくる。君枝が死んだときに流す涙と今溢れる涙は違う。もう悲しみに暮れる涙は流さないだろう。母を愛し愛された日々は過ぎ去った。これから瑠美は冬樹を愛していくのだと消えゆく線香の煙の向こうの山の方へ思いを馳せた。
「お母さん、おやすみなさい」
君枝の位牌に手を合わせ、布団に入る。
(明日会いに行こう)
瑠美は冬樹のことを想った。彼は自分の事をどう思っているのだろう。本当にそばにいて居のだろうか。いつ失うかもしれない不確かな関係ではあるが不安はなかった。真っ暗な一人きりの部屋に少しだけ開いたカーテンから月光が射してくる。冬樹と出会えなければ君枝の死後自分は真っ暗闇の中で死ぬまで過ごすのかもしれなかったと思った。
強くはないが淡い光が畳の青さを浮かび上がらせ鎮静されるような静かな夜が更けていった。
若い瑠美を最初夫は可愛がってくれていたが、従順でも人形の様な態度に不満が出てきてしまい、別の女に走ってしまった。そして離婚に至る。
その後、やはり別の勤め先でも同じように瑠美と結婚を望んだ男がいたが君枝が制した。自分自身は愛する人と結婚が出来なかったが愛のない結婚をするよりはましだと瑠美を諭した。それからは男に誘われても流されることなく断り続けていた。
(お母さんが一番だった)
母が書いた数行の日記の自分の名前にとめどなく涙が溢れてくる。君枝が死んだときに流す涙と今溢れる涙は違う。もう悲しみに暮れる涙は流さないだろう。母を愛し愛された日々は過ぎ去った。これから瑠美は冬樹を愛していくのだと消えゆく線香の煙の向こうの山の方へ思いを馳せた。
「お母さん、おやすみなさい」
君枝の位牌に手を合わせ、布団に入る。
(明日会いに行こう)
瑠美は冬樹のことを想った。彼は自分の事をどう思っているのだろう。本当にそばにいて居のだろうか。いつ失うかもしれない不確かな関係ではあるが不安はなかった。真っ暗な一人きりの部屋に少しだけ開いたカーテンから月光が射してくる。冬樹と出会えなければ君枝の死後自分は真っ暗闇の中で死ぬまで過ごすのかもしれなかったと思った。
強くはないが淡い光が畳の青さを浮かび上がらせ鎮静されるような静かな夜が更けていった。