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森の中

第11章 11 ペア

 瑠美は冬樹の様にコーヒーを飲んでみようと思い立ち、ついでにカップも新しくしようと陶器市を眺めて歩いた。

「奥さん、何かお探しですか?」
「え、あ、あの。コップの素敵なものがあれば」

 バンダナを巻き、フレアージーンズをはいた若作りな中年男性が愛想よく声を掛けてくる。

「そうだねえー。奥さん一人で使うの?」
「あ、あの。私、独身で……」
「あー。こりゃあー失敗失敗。ごめんね。なんか新婚の奥さんって雰囲気が出てたもんだからさあー」

 瑠美は赤面して下を向いた。その様子に男は微笑を浮かべて棚の奥から肌色とクリーム色がグラデーションになっているような柔らかそうな雰囲気のペアのマグカップを出してくる。

「これ、どう?恋人はいるんでしょ?これはねえ。いい出来だよー。若手の作だから値段もお手頃っ。ほらっ」

 手に取ると温かい感じがして気に入り、自分用のカップを一つ買うだけの予定だったが、二つ買って一つを冬樹にプレゼントしたいと思った。
 男が萩焼の変化について説明をする。使えば使うほど色味が深みを増していくと言う話に瑠美は冬樹への気持ちを投影するような感じがした。
 二つまとめて化粧箱に入れようとする男に頼み、一つだけギフト用にしてもらう。

(使ってくれるかな)

恐らくお気に入りであろう冬樹の上絵がかすれたマグカップを思い出す。
 何度かに一度でも使ってもらえるようにと願いを込めて、丁寧に薄葉紙に包まれるマグカップを見つめ続けた。


 新しいカップの使い心地は良かった。口当たりが柔らかく滑らかだ。冬樹の唇を思い出す。同じカップに口づけている気がして瑠美は仄かな満足感を得る。
 いつか二つのカップが再び揃えられたら――その時は同じくらい使い込まれて同じくらい深みのある色になっていますようにと瑠美は飲み干したカップの底を眺めて思った。

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