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Melty Life

第3章 春



 千里に始まって、いきなり割って入ってきた下級生──…そして、ついに自分の番が来た。

 水和と一日を共に過ごせる機会を得られるとは、夢にも思わなかった。デートの話が決まってから今日までさえ、自分だけ願い下げられるのではないかと、ふと思い出しては不安に陥っていた。

 ゆうやは自分の容姿に自信がある。ただしそれは校外での話で、淡海ヶ藤でのゆうやは、ただの不良だ。

 水和もゆうやを恐れると思った。先週、部活がひと段落したから例の件を実現したいと言って、クラスの離れてしまった水和が、わざわざゆうやを訪ねてきてくれた時は、奇跡でも起きた心地になった。


 いよいよ仕上がった献立を詰める作業に取りかかっていると、廊下側から物音が近づいてきた。

 鼓膜がぞっとする、そこから繋がる神経が刃にきりきりと嬲られるような、聞き知った足音。…………



「何をしている」


 ぞんざいに開いた扉が、ゆうやの夢心地をどこかに閉ざした。

 そこにいたのは、若かった頃はそれなりに凛としていたのだろう強面の中年男だ。背丈はそれなりに高く、歳にしては白髪も少ない男は、しかし腹はたるみきって、酒の飲み過ぎで顔色も悪い。

 男は仕事を怠ける下働きを睨む調子で、数秒ゆうやに目を遣ったあと、台所を眺め回した。


「朝食か。あとで金も置いていけよ。十万で良い」

「…………」

「返事をしろ!!」

「分かり、ました……」


 バンっ、と、乱暴に扉が閉まった。

 残念ながら、作ったものは全てデートに持っていく。
 とは言え父親の世話を怠れば、あとに面倒事になる。ゆうやは残った食パンを、トーストサイズに切り分ける。野菜も少し余っているから、サラダにでもして、あの男が二度寝から起き出すまでに、ここを逃げ出そう。

 水和のための弁当は、守りきる。

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