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数珠つなぎ

第8章 僕らは認めない

【雅紀side】


遅めの昼食を済ませ、俺たちは車に乗り込んだ。

「美味しかったね」


2人で外食したのも久しぶりで……


その余韻がまた俺を幸せな気分にしてくれる。
 
「また行こうな、雅紀」

潤の綺麗な手が俺の顔に伸びると、ゆっくりと身を乗り出してくる。

俺はドキドキしながら目を閉じた。

しかし潤の唇が重なることなく、端をキュッと拭かれた。

「ケチャップ……ついてる」

恐る恐る目を開けると、予想通り潤はクスクスと笑ってる。


ヤバい、恥ずかしすぎるじゃん。


一気に顔が熱くなる。

「ふふっ、可愛い。そんな雅紀の要望に応えないとね」

「えっ?」

チュッと音を発てて、潤の唇と俺のそれが一瞬重なった。

「もっとしたいけど……それは帰ってからね?」

ニコッと首を傾げながら笑う。


潤の方がよっぽど可愛いよ。


「じゃあ、出発するね」

車はゆっくりと動き出した。


「ねぇ、どこいくの?」

何の迷いもなくウィンカーを出して車を走らせる潤。

「あっ、そっか」

信号で止まると苦笑いを浮かべながら頭を掻きむしる。

「今日は行かなくていいのにな」

その言葉で、目的地はすぐにわかった。


潤にとっては、あの場所に行くことが日常だった。

そしてそんな日々を当たり前にさせてしまったのは俺。


「……行こう」

「えっ?」


それを今日で終わらせるんだ。


明日は車で出勤しない。

今日で楽しい日々と辛い日々を過ごした車とはさようなら。


だからこそ少しでも潤に実感してもらいたい。


お店が休みだから、実際の状態とは違うけど……


もしまた無意識に向かってしまっても、目的地の扉を2度と開けなくていいこと。


そして何よりも……

俺以外の誰かに抱かれることが無いことを。


「わかった」

「ごめんね……潤」

膝の上で握りしめていた拳の上に、滴がポタポタと落ちる。

すると目の前にハンカチが差し出された。

「泣くのは……最後だからな」

「うん…っ」


信号は青に変わり、車はまた走り出す。

2人で向かう、最初で最後の目的地に向かって。

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