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戦場のマリオネット

第3章 懐柔という支配



「定められた結婚をして、チェコラスのためになることが、良い家柄の貴族にとって名誉になると分かってる。特にコスモシザは、あまり恵まれた土地じゃない。同盟国であるヘレイツへの献上品が諸国に比べて垢抜けなくて、公爵様がお困りなのも分かっているのよ。でも」


 堰を切ったように、アレットは続けた。


「このままでは、私は外国の、もしかすれば言葉も通じない貴族と婚約させられる。ただでさえ自分で添い遂げる人を選べないばかりか、結婚しなくて良い選択肢もないなんて……」


 何も言えなかった。

 コスモシザは小さな国だ。同じ君主でもチェコラスの領主が大王として仕えているヘレイツ皇帝の援助に、この国は支えられている。援助を得るには、ヘレイツへの誠意は欠かせない。そのための国力が必要で、数年内にコスモシザを落とせなければ、アレットをどこか豊かな国へ嫁がせるという公爵の思念は、既に彼女の耳にも入っていた。


 善悪の分別がつく年端に至る頃から、アレットは私によく懐く妹だった。貴族として恐ろしいとも言えるだろう胸の内を打ち明けてくれたのも、彼女の信頼があったからだろう。


「お姉様が、男の人なら良かったのに」


 そんな冗談も交わせるほど、仲が良かった。


「好きな人に好きだとお伝え出来ないなんて、貴族って何のために生まれてくるの……?」


 そんな言葉をあしらえないほど仲の良かったアレットの側に、私は膝をついた。長いドレスの裾を踏まないようよけて、彼女の震える手をとって、お伽噺の騎士が姫に施すように口づけを落とす。

 目に涙を溜める彼女の頬に触れて、今度は唇の限りなく近くにキスして、額に触れる。


「唇に……お願い……」


 アレットの細い身体の至るところが、壊れそうに震えていた。男と添い遂げることに怯えていた、さっきまでの震えではない、それが分かったのは、私も同じようにして震えていたからだ。

 恋をすれば、全身が心臓になる錯覚を起こすことがあるという。

 私はアレットにキスしただけで、気が遠ざかりそうになっていた。彼女を女として意識したことなどなかった、しかし可愛いとは思っていた。他のどんな人懐こい令嬢達より、彼女の瞳が私を映すと、他に正しさなど初めからなかったように思えてくる。

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