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冬のニオイ

第2章 Flashback

【翔side】

あの人を失って、心にぽっかり空いた穴を抱えながら過ごす、いつもと同じ新しい一日。
この日は教え子のご両親からの招待で、夕方からパーティーに出席することになっていた。

まさかそこで、ニアミスすることになるなんて。
10年も経って、今更合わせる顔もないと言うのに、夢を見たのは虫の知らせだったのだろうか。



あれから10年。
今の俺は大学の先輩だった「ぶっさん」と二人で、学習塾を運営している。
一応、共同経営者ってことになってた。

俺が担当している生徒のお父さんが、かなり大きな住宅販売会社の社長さんなんだけど、創立記念のパーティーに呼んでくださったんだ。

有難いことにウチのことを評価してくれて、年頃の子供を持つお知り合いを紹介していただける、ってことで。
ウチはこじんまりとやってるから、とても助かる話で、ぶっさんは大喜びだった。


考えてみれば、何かおかしいような気はしたんだ。

ご挨拶が一通り済み、ようやく立食のメニューに手を付け始めた頃に、上機嫌のぶっさんが唐突に智君の話を始めた。

「お前、大野智とはもう会ってないのか?」

「……どうしたの? 突然」

「いや、ほら、俺もアイツとは結構仲良かったし。
ちょっと思い出してさ」

「……会ってないよ。それが何?」

訝しく思った気持ちが出たんだろう。
自分でも冷たい声に聞こえた。

「……そうか。
悪かった、ちょっと気になっただけだ。
そんなに怖い顔すんなよ。
お前は俺の可愛いバンビだろ?」

彫の深い顔で、上目遣いにニッと笑った。

「別に、いいですけど……」

答えた俺は知らなかったんだ。
智君がこの会場に来てて、俺の知らない間にぶっさんと話してたなんて。



愛想笑いに疲れて先に会場を退出し、クロークにコートを取りに行った時、引き換えの番号札を無くしてしまったことに気づいた。

どんなコートか説明するとホテルの担当者が探して持って来てくれて。

「お客様、こちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、そうです、すみません」

受け取って腕に掛けたまま、羽織りもせずにすぐにタクシーに乗った。
だから家に着くまでわからなかった。

クローゼットに入れようと広げたコートから不意に漂ったニオイは、懐かしくて、苦しくて、心臓が痛くなるような。

智君のニオイだった。


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