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冬のニオイ

第2章 Flashback

【翔side】

「あっ」

思わず漏れた声。
同時に、頭の中に瓶の形が浮かぶ。
淡いマスカット色で、貴方はいつもメロンみたいなニオイって言ってた。

このニオイ、智君?
コートの襟元からは、貴方本来のニオイがする。
何度も何度も抱きしめて幾度も繋がってきた、俺の大好きな貴方のニオイ。

フニャッとした笑い方も。
柔らかい髪も、頬も。
尖らせた唇も。
強く抱きしめると、折れそうに細かった、その躰も。
鮮やかによみがえってくる。

「どこに居たんだよ……」

駄目だ。
我慢出来ない。
後から後から、涙腺が壊れたみたいに、涙が零れる。
空蝉とわかっていても抱きしめずにはいられない。



智君、俺ね、あれから頭がおかしくなったみたいに貴方を探したんだ。
携帯が通じないから実家にまで電話したよ。
ご家族から迷惑そうに、どういう関係の方ですか、って。
智からはそういうお友達がいるなんて聞いていません、って言われた。

連絡先は教えられない、ってハッキリ言われちゃったから、それ以上を突っ込んで訊いたり、俺たちのことを言ったり出来なくて。
ただ馬鹿みたいに、貴方が居そうな場所をウロウロしてた。
だけど、どこに行っても会えなかった。



「良かっ……生きて……うぅ~……」

あんまり会えないから、事故とか災害とか病気とか、いろいろ悪い想像もしたよ。
もしかしたら、もうこの世に居ないのかも、なんて。
自分を慰めるみたいに思ったことさえあったんだ。

良かった。

「生きててくれたんだ……」

いつかきっと貴方から連絡をくれるんだ、って、電話番号はずっと変えてないんだ。
馬鹿みたいでしょ?
貴方の番号だって、まだとってあるよ。

心の中で語りかけながら、捨てられたんだと悟った時の気持ちまで蘇る。

グルグルと考えるうちに、貴方は本当は俺から離れたかったのかもと思った。

会いたくなくて、もう顔も見たくないって俺を憎んで去って行ったのならば。
探したらいけないんだな、ってやっと気がついて……。



どこか俺の知らない所で俺の知らない人と一緒でも、健康で幸せに、穏やかに笑って生きててくれたら、それで良い。
それ以上のことを望む権利は俺にはないから、ただ幸せだけ祈らせて欲しい。

そう、未練がましく思ってるうちに、歳月だけが過ぎていった。

「智……」

貴方、今、幸せ……?


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