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冬のニオイ

第5章 リフレイン

【智side】

改札を抜けて外へ出ると、青く澄んだ空が眩しかった。
今日の最高気温は13度の予報。
風もないし、晴れてて気持ちが良い。

仕事で遠出する時、免許がないオイラはたいてい電車を使う。
今日行く現場は郊外だけど電車で行ける場所だし、事務所でPCにばかり向かってると息が詰まる時があって。
外出の口実があれば積極的に出掛けるようにしてた。

手袋を持って来なかったのに気づいて、両手をポケットに入れたままゆっくり歩く。
誕生日にもらったコートはカシミヤが入ってて、とても手触りが良い。



2018年。
年明け早々にお得意先が目玉として売り出した土地は、駅から徒歩で23分。

ってことになってるけど。
実際に歩いてみると信号につかまったりして34分かかった。
わざとゆっくり歩いて来たけど、これでは電車通勤の人は大変だろう。

駅から30分を越えてしまうと販売には大分厳しいんだけど、歩いて10分以内の場所に小学校と中学校があるから前評判は良いらしい。

現場についてみると、レンタルで借りてある仮設の事務所の中で、濃い顔の営業マンが接客をしてる。
平日の午前中なのに下見のお客さんが居るってことは、8棟すべて決まるのも結構早いかもしれない。

お客さんも居るし、営業さんには声を掛けずに事務所を素通りして、オイラはぶらぶらと土地を見て歩く。
図面のラフはもう出来上がってて、CADの外観図も広告に載ってるんだけど。

桝の位置とか、駐車場から玄関へのアプローチ、窓の位置なんかは、図面に起こす前にもう一度土地を見て距離感をつかんでおきたかった。

来るのは今日が初めて、ってわけでもないし、ただの建売なんだけどね。

注文住宅の設計なんて、ウチの事務所では滅多にない。
それに、あったとしてもオイラには描かせてもらえない。
やっぱ、どうしても自分の好きな家を建てたかったら、自分で土地を買ってやるしかないんだろうなぁ。

「大野さん!」

奥にある一番大きな土地でぼんやり考えていたら、背中に声がかかった。

「お疲れ様ですっ」

スーツ姿の松本君が、頭の上で大きく手を振りながら笑顔いっぱいで走ってくる。
誰も居ないんだから手を振らなくたってわかるのに。
一生懸命だなぁ。

「お疲れ様です、お世話になっております」

頭を下げて挨拶したら、今度は顔の前でぶんぶんと手を振った。

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