
ほしとたいようの診察室
第2章 遠い記憶と健康診断
気づいた時には、話しかけていた。
「雨、降ってきましたね」
「そうだねぇ……傘が無くて」
困ったような笑顔が、こちらを向き、また空に視線が戻る。
……やっぱり、傘なかったんだ。
わたしは、手に持っていた傘を差し出した。
「あの、良かったら。使ってください」
「え? いいのかい? あなたが濡れるわよ」
「大丈夫です! あっ、えーっと……わたし、折りたたみでもう1本持ってるので」
嘘だった。傘は1本しかない。
でもきっと、このおばあさんより、わたしの方が家は近いし、走ればそれなりの速さで家に着く。
「……そうかい、それなら……」
傘を手渡す。
放っておけなかった。
きっと、わたしが差して帰っていたら、後悔するから。
「ありがとうね」
おばあさんもまた、傘を差して、ゆっくりと雨の中へ吸い込まれていく。
その背中を見送ると、玄関にはわたししかいなかった。
雨足が弱くなることは無さそうだ。
……よし、走ろう。家までは歩いて10分かからない。きっと走ったら5分くらいで着くはず。
意を決して、雨の中へ飛び込もうとした時だった。
