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ほしとたいようの診察室

第2章 遠い記憶と健康診断


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side:のぞみ

慌ただしく、3月は過ぎていく。
内定をもらってから1ヶ月後、わたしは新居に引越した。今日から、初めての一人暮らしが始まる。
1Kの一人暮らし用の部屋。
ダンボール箱を3箱ほどを運び込み、真新しい家具ばかりの部屋は簡素で、生活感のない空間だ。

間もなく、冷蔵庫や洗濯機と、家電が運ばれてきたが、どれも初めましての品物たちは、知らん顔するかのようだった。

真っ先に開けたリュックの中から、耳のくたびれたウサギのぬいぐるみを取り出して、ベッドの上に置いた。
その空間だけでも見慣れた場所になると、少し安心する。

「のぞみ! あんたこれしか荷物持って来てないの?」

キッチンから顔を出した母が、忙しなくわたしに訊ねる。

「だって、どうせ家帰ってくるだろうし、引越しで疲れたくないもん……」

引越し業者との打ち合わせや、ライフラインの開通など、引越し直後のあらゆるイベントが朝から盛りだくさんだった。あくびをしながらベッドにもたれて座り込むと、苛立つように母が言った。

「もーう! お母さんもお父さんも、しばらく家空けるのよ? 今日しか手伝えないの、わかってる?」

もともと過保護な母ではなかったが、娘の一人暮らしには気が立つらしい。いつも以上にキビキビしている様子に、少し疲れて、声のトーンが上がってしまった。

「わかってるよーう、大丈夫!」

言いながら、気が進まないまま目の前のダンボール箱を開けて、ゆっくりと洋服をクローゼットにしまう。

そんなわたしたちの不穏な空気を読み取った父が、フォローに入る。

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