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シャイニーストッキング

第15章 もつれるストッキング4    律子とゆかり

 180 誘い

「あ、いや、ほら、私と二人だけどね、まぁ、つまりは簡単な歓迎会的に食事でもってね…」
 と、田中課長は誘ってきたのだ。

「あ、え…」
 この彼女からの突然の誘いに戸惑ってしまう…
 それは実はわたしのこれまでの人生の中で、こんな類いの同僚からの誘いの経験は無かったから。

 なぜなら、モデル時代は周りのモデル仲間達は皆熾烈なライバルばかりであったし、当時の事務所の社長からはスタッフ関係者等ともスキャンダルを避ける意味で個人的には交流するなと云われていたし…
 その後に勤務したファンド系の会社では、やはり社内競争の激しさにより同僚との食事や飲み会等々はあり得なかったし、なにより入社して直ぐにわたしは社長の彼女として周りに認知、認識されてしまったから余計にそんな誘い等があり得なかったのである。

 だから、こうした同期、同僚、上司関係からの誘い等の記憶はほぼ皆無であったし…
 そして友人等の人間関係も苦手であったが故に稀薄であった。

「ほら本当はね、秘書課の五人全員で…とも考えてはいるのだけど、この吸収合併騒動でなにかと忙しいし、ましてや松下さんは突然現れたから…」
 そう、この秘書課スタッフは五人いる。

「え、と、突然現れたって?」
 わたしはそんな田中課長の言葉に問い返す。

「そうよぉ、突然よぉ…
 突然の吸収合併騒動に、突然の前常務の逮捕騒動でしょう…
 そして突然の大原執行役員の常務就任、更に、松下さんが突然ニューヨーク支社からの異動の常務専属秘書就任でしょう...
 この約一ヶ月全部が全部突然なんだからぁ…」
 と、田中課長は早口で一気に語ってきたのだ。

「あ、え、ニューヨーク支社…って、あぁ、は、はい…」
 そこでわたしはハッとする…
 そうであったのだ、わたしの突然の、いや、本社に於ける松本副社長と山崎のおじさま、あ、いや、山崎専務の謀らいにより突然の彼、大原浩一常務就任と同時に常務専属秘書として就任する流れとなった時に…
 さすがに銀座クラブホステスという経歴を露にはできないが為に、バレにくいニューヨーク支社からの異動という架空な嘘の経歴を作り上げたのであった。

 あやうくそのニセ経歴の経緯を忘れるところであったのだ…
 
「あ、は、はい…」
 だから、そんな突然な田中課長の言葉にそんな曖昧な返事で応えてしまう。




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