甘い蜜は今日もどこかで
第1章 【本当は嫌なのに】
すぐ後ろについて、エレベーター前では一歩前に出てボタンを押す。
扉が開いたら副社長が乗られるまで手で押さえてすぐ自分も乗り込む。
しかし、この男、わざとだろうか。
ネクタイの結び目が若干ズレている。
動き出すエレベーター内で2人きり。
振り向いた私に固まってはいるが、どうも完璧主義な私の悪い癖が発動してしまう。
「副社長、失礼します」
たった一言ことわりを入れて結び目を直す。
「すみません、左に少しズレていたので」
「あぁ、うん、ありがとう」
階に到着すると再び扉に手を掛け降りられてから自分も降りる。
役員の顔と名前は社員名簿を一通り見たので完璧だ。
会議している間も目と耳は違う働きをしている。
一言一句拾い間違いのないようレコーダーの役割をし、重要事項を抽出しながら議事録を作成していた。
要所要所で副社長に会議資料をより細かく纏めたものを送り込む。
どうですか、今の私、ドヤ顔でしょ?
これくらい朝飯前なんですよ。
会議終了と同時に議事録を送る私に役員たちもザワついていた。
タブレットにて次の会議資料を速読しつつスケジュールの確認を副社長に伝える。
まるでAIのような私に戸惑いも隠せないでしょう。
一寸の狂いもないわ。
「飯はどうしてる?えっと、ランチ」
「お昼は下のカフェでテイクアウトですか?買ってきますよ」
何度かカフェのサンドを頬張っているのを見掛けたことがある。
そう言うとカードを渡された。
「買ってきて、2人分……奢るから」なんて出来るはずがありません。
カードは預かり副社長一人分を購入し、自分の分は後で会社に請求する。
「もっと良いもの食べなさいよ」って吉原さんによく言われてたけど食に拘らない性格なので7割お腹が膨れたらそれで良い。
「え?安っ…て、1人分しか買ってきてないじゃないか」
「はい、私の分は会社持ちなのでご心配なく、お気遣い頂きありがとうございます」
「じゃ、じゃあ夜は?ディナーでも一緒に…」
え、これってもしかしてお誘い頂いてる?
勘弁してよ、終わったら速攻で帰りたいのに。
ジロウに会いたい。
就業規則としてプライベートは守らなければ。