甘い蜜は今日もどこかで
第1章 【本当は嫌なのに】
身の回りの世話までしてくれて、仕事に精は出るけどすっかり甘えてしまってるんだよね。
もしかしたら私、ジロウくんを家政婦扱いしちゃってるかも知れない。
「着きましたよ」
「ありがと」
今からはまた別のお仕事。
すっかりその店の制服に身を包み髪も纏めた私は車を降りるとキリッとしたエリアマネージャーの顔になる。
某有名ハンバーガーショップの店頭に立ち、店内に並ぶお客様、モバイルオーダー、配達に加えドライブスルーにも対応しなければならない一番混み合う時間帯の捌きを担当する。
「あ、藤堂マネージャー、本日も宜しくお願いします」
「状況は大体把握出来てます、ニアミスのないよう優先順位には気をつけるよう指導して参ります、では今から入ります」
店長に挨拶だけ済ましすぐさま調理場を通り、クルーに声掛けしながら店頭に立った。
自分で言うのも何だけど、私が店に立つと一気に空気が変わる。
良い意味でザワつく。
グルリと見渡して瞬時に優先順位をつけて5つ先を計算しながら的確な指示を出す。
混雑していた店内も流れるように人が動く。
限られた人数で役割分担させながら絶妙なタイミングで割り振っていく手捌きにイライラしていたお客様も落ち着かれたようだ。
特に態度に出ているお客様には私が対応する。
接客のスペシャリストとなれば、どんな声を荒げられるお客様に対しても冷静に逆撫ですることなく対処出来るものだ。
目を合わせて1…2…3…4…5秒。
話を聞いてお待たせしたことを真摯に謝罪する。
それで大抵は大きなクレームに繋がることはない。
最小限に留める。
なんてったって私は、国宝級に左右対称な美貌の持ち主……らしい。
この顔に見つめられれば怒りは沈み骨抜きにさせちゃうんだとか。
確かに、よく声は掛けられる。
仕事中は上手くお断り出来るけど待ち伏せされたりすることもあって、それからはジロウが付きっきりで送迎してくれることになった。
「モバイルオーダー○○番でお待ちの方、お待たせしました、ドリンクはこちらでまとめてあります、お車でしょうか?一緒にお持ち致しますね」
大量注文のお客様にはお車まで。
30度のお辞儀でお見送りする。