甘い蜜は今日もどこかで
第3章 【どんなに焦がれても】
そして、形式ばったご挨拶になるのかと思いきや。
「おひさ〜」と手を振り入っていくからびっくりした。
この時社内では、副社長がとうとうクラブのママに手を出して会社にまで乗り込んで来たのかと噂が立っていたとは露知らずで。
UNEEDの社長直々に来社することなんて滅多にないから。
副社長もいつものキリッとした顔で出迎える。
珈琲を出したところでお話がスタートするものだと思っていたらもうすでに話し込んでいて慌てて座る。
「でも藤堂はうちの看板キャストでして、延長は難しいかと」
「わかります、そこを何とか調整出来ないでしょうか、彼女以上のスキルを持った人間はどんなに捜し回っても居ませんので……お願いします!」
目の前で頭を下げる副社長に正直面食らった。
「すでに藤堂指名の仕事も入ってきてるんですよね、こちらの業務ばかりなのは私どもとしましても……業績に関わることですので経営に携わる者でしたらその辺はお解り頂けますよね…?」
「はい、痛いほどに……しかし、僕自身が必要なんです、無理難題は承知しています、今から彼女の新しい仕事は取らないで頂きたい、その分こちらがキャンセル料でも何でも支払いますから、彼女を此処に置いてもらえませんか…?」
「それは、藤堂を買い取ると…?」
ちょ、ちょっと待って、そんな話は聞いていない。
吉原さん、冗談ですよね?
え、私、売り飛ばされる?
「そちらが宜しければ……いや、そうさせて頂きたい!!」
ちょいちょい!!話飛び過ぎだから。
吉原さん、笑ってる場合じゃないですよ。
「椿はどう思ってるの?」って急に話振られて一気に視線が集中する。
「私は、秘書業務にやり甲斐を感じています、出来れば副社長を支えていきたいと思いますが会社の方針に背く意思はありません」
なんだかんだで雇われている身。
転職なんて出来れば考えたくないし、何よりジロウと離れるのだけは絶対にイヤ。
こんなふうに考えちゃう私は最低ね。
副社長の気持ちを最後は踏みにじるのに。
中途半端に応援して終わるのだけは避けたいけれど。