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幸せな報復

第18章 沢子

 沢子は海星から逃れるため屋敷を出る決心をした。彼女は乳飲み子の義美を胸に抱いていた。海星に返り討ちに遭い捕らわれ、屋敷に監禁された。けだもの族の掟を守れなかった沢子は、仲間の元へは帰れない。彼女は掟を完遂できなかった落第者だ。沢子はリーダーでありながら仲間4人の命を失った。彼女の4人の家族はあいつの破壊的な力で一撃の下に殺害されいなくなった。彼女にとって海星を拉致し生涯に亘り奉仕させる相手に選んだことはひどいミスだった。沢子自身の選定ミスだ。彼女は屋敷に監禁され海星に四六時中犯されていた。
 海星から虐げられる毎日を送っていた沢子は、海星を奴隷として家族にする、と選んだという事実を忘却していた。彼女は力で相手を自分の思い通りにするという悪行をすることを自らもしようとしていたことを忘却していた。自分のことを棚に上げ、という状態だ。それが怪物海星によって反対に自分がされる身になってしまっただけである。ある意味、似たもの同士だ。だからなのか、沢子は力で負けて、それが悔しくて海星を恨むようになっただけなのだ。けだもの族として、彼女はわがままな性格に教育されてきた。
 沢子は海星に力では抵抗できずあいつの子を妊娠してしまった、と思っている。妊娠までの過程は違うが、彼女はもともと海星の子を妊娠するつもりでいたのである。海星に対する怒りのため、彼女はそのことをすっかり忘れてしまった。
 彼女は海星の子であっても腹の子に罪はない。オスの選定を誤らなければこの子も幸せになれた。こんな最悪の不始末をしでかし、けだもの族の威厳を損なった、と思っている。 沢子は今の自分の境遇にあって初めて掟が不条理な制度ではないか、と思えてきた。人を無理矢理拉致し監禁し、力尽くで自分の都合のいいように人を教育する。
「掟は今の私を救ってくれないわ。家族がいなくなった今、この子だけが家族だわ…… え? あいつも? 海星も? そんな訳ない…… あいつ、何の恨みがあってわたしをいたぶるの?」
 海星を襲ってからの記憶が思い出されてくる。座敷牢に監禁され、来る日も来る日も海星に犯されるだけの毎日だった。沢子はいく末の見えない将来と屋敷の長い廊下を走っていく。この先に何があるかもわからない。しかし、ここにいる限り幸せはない。

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