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幸せな報復

第11章 恵美の訪問

「帰った、浩志はいるか?」
 浩志が奥のほうから声を上げた。
「ここにいるけど…… なに? もう少し早ければ彼女に会えたのに…… つい今しがたまで父さんを待っていたんだ。惜しかったなぁー」
 勘太郎は浩志の言葉を聞いて血の気の引くのを感じた。自分は痴漢をしていながら逃げ切った、と思っていた。もう、ほぼ忘れていた事件だ。いや、忘れようとしていたがどこか忘れられなかった。なにしろ、彼女は妻の仁美にそっくりなのだから忘れたくても忘れられない。浩志は母親のことを知らない。2歳の時、母を交通事故で亡くしてしまったのだ。彼は母の顔を仏壇にある写真でしか知らない。浩志は母の顔だけでなくすべてを覚えていないだろう。あの女性に惹かれたのは母親の面影を感じたからか。勘太郎はなんで痴漢をしてしまったのか、と今更のように悔やんだ。
「そうか…… 悪かったな、ちょっと遅くなってしまった」
 浩志は残念そうにしていたが、勘太郎は会えなくて良かった、と安堵した。しかし、今日は良くても次をどうするかと思うと目の前が暗くなった。

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