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幸せな報復

第13章 訪問

 その表情はどういうつもりだ。まさか、ハニートラップとか言うやつか? そんな訳はない。被害者である彼女が俺に罠を仕掛けて何が得られるというのだ。
 彼女は「懐かしいですね」と過去に会ったことを示唆した。つまり、彼女は痴漢された男の顔を忘れてはいなかった。「あんな卑劣なことをされて忘れられない」ということを伝えてきたとしか思えない。
 彼はまたもや妄想した。もしかすると、これから彼女に脅迫されたりゆすられたり、金づるにされたりされるのか。彼女は驚く勘太郎を鼻で笑うように言う。
「畑野さん、職場に痴漢されたことを公表しますよ…… 今まで築いてきた店長としてのポストから失脚ですね。店員からの尊敬、人望、店の信用も崩壊ですね…… 近隣の噂になり、最後、お店を解雇ですか? 真っ逆さまの転落人生ですね…… そういうの…… お辛いでしょうね…… そうならないようにしっかり償いましょうね…… ほら、あたしにひざまずくのよ!」
 彼女はそう言って薄ら笑いをしている。勘太郎は悪魔のような恵美の顔を想像し首をブルブルと振って消し去ろうとした。
 そんな妄想をしていた勘太郎に彼女の言葉が現実に引き戻した。
「ごめんなさーい、先を急ぎすぎてバランス崩して…… 背中にくっついてしまいました。これ、早く冷蔵庫に入れたかったので…… あわてちゃいました…… ただでさえ気温が高くて不快なのに…… あたしの汗を付けてしまいましたね」
 そう言われた勘太郎は彼女の額や首筋に流れる汗を見つめた。済まなそうな顔をした彼女は彼を見つめると、おもむろに持っていたレジ袋を彼の胸の前に掲げた。
「これ、痛みやすいんです…… あたしのことをジロジロ見ないでください…… 恥ずかしいです……」
 そう言いながら彼女はレジ袋を勘太郎の胸に押し付けた。握った拳から痛いようで気持ちのいい刺激が彼の大胸筋を圧迫した。気が遠くになりそうな感覚を勘太郎は抱いた。そのとき、思わず彼女の拳の上から自分の手を重ねて握ってしまった。あのときと同じ衝動に負けてしまった。その行動に驚いた彼女は黙ったまま手をほどこうともせず大人しく握られた。

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