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どこまでも玩具

第12章 晒された命


 歩きながら類沢は施設にいた頃を思い出していた。
 弦宮はみんなの母だった。
 食事を作り、ピアノを弾く。
 色んな遊びを知っていた。
 全員が覚えるまで根気よく教えた。
「あら、流れ星」
「見えましたよ」
「本当に? 見間違いじゃなかったのね」
 記憶の中の彼女は褪せることなくまた現れた。
 最後に会ったのは大学一年の時。
 あのとき、彼女は弁護士資格を得たばかりだった。
 裁判の話をよくしていた。
 それが突然途絶えた。
―雅は人を愛したことあるかしら―
 軽く切り出した、重い告白。
 類沢は、夜空を眺めながら目を細める。
 首を振っていなければ、どうなっていたかなど、どうでもいい。
 ただ、西雅樹にも宮内瑞希にも会うことはなかったんだなとぼんやり考えた。
「雅」
「なんですか」
「家にいるのが質悪い娘だったら私もなにかしちゃうかもしれないわ」
 そう弦宮は悪戯っぽく笑った。
「大丈夫ですよ、麻那姉さん」
 弦宮の足が止まり、俯き加減で振り返る。
「久しぶりね……本当に」
 昔の呼び名。
 いつから貴女と呼ぶようになったのか。
 きっとそれは、あのとき以来なんだろう。
 彼女を名前で呼ぶのは傲慢に思えたから。
 貴女が僕を名前で呼ぶ意味もわからずに。
「こんなところに暮らしてるのね」
「良い意味ですか」
「勿論よ。静かで、綺麗な所ね」
 類沢は微笑んで、鍵を取り出した。
 瑞希を随分待たせてしまった。
 明かりを点ける。
 冷たい空気が止まっている。
 留守?
 類沢は急いで寝室を覗く。
「雅? 素敵なお家ね」
 今朝のままのベッドに、瑞希が着替えた跡。
 クローゼットに隠れる訳はない。
 念の為風呂場を確認するがいない。
 弦宮がソファに鞄を置き、部屋を眺め回している。
「シンプルで雅らしいわぁ。家具は外国産ね。綺麗な配置よ」
 返事がないので、彼女は類沢の元に歩いてゆく。
 その背中を見てビクリとした。
 今までの冷静さが消え、怒りすら読み取れる背中。
 嵐の前の静けさのような、穏やかで恐ろしい空気を纏って、そこに立っていた。
「雅……?」
「麻那姉さん、裁判まで原告は普通の生活を許されていますか?」
「え?」
 名前で呼ばれたことより、内容に眉をひそめる。
「自由に出歩けますか」
「それは……まぁ、重犯罪の容疑者じゃないんだから」

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