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どこまでも玩具

第12章 晒された命


「ええ。施設にいた雅には、そんなもの無かったから。高校、大学も。友人や恋人をつくらなかったじゃない? 私は母親みたいに見守ってた」
「心配かけてましたか」
「んーん。心配とは違う。逆に今、雅がそう言って寂しくなったくらい。私歪んでるかしら」
「いいえ。歪んでるのは僕の方ですよ。恩師に心配かけて、偶に連絡したらこんな依頼なんて」
 類沢はワインを一気に飲み干した。
 喉を通る音が煩く脳を揺らす。
 類沢はカプレーゼのトマトをフォークで突き刺し、ゆっくり口に運んだ。
 そういえば、瑞希と食べたばかりだなとぼんやり考える。
「嬉しかったわ。雅が私を頼ってくれて。大学を卒業してからは住所すら教えてくれなかったもの」
「でしたね」
「避けられてるかと思ってた」
 沈黙が下りる。
 彼女はチーズを唇で潰し、舐め上げた。
 過去を払拭するように。
「僕は貴女を母親という存在で見ていました」
「知ってる」
「それが崩れるのが怖かったので」
「知ってるわ。崩したかったのは私。雅が断ってくれて良かったのよ。あのままだと絶対に途中で縁が切れていた」
 孤児院の職員だった弦宮麻那。
 彼女の年は四十に近づいていた。
「ねぇ、もしも教師を辞めることになったらどうするの?」
「貴女は負かせる気ですか」
「そうじゃないわ」
 弦宮は笑いながら否定する。
「訊いてみたかっただけよ」
「その時は……そうですね。貴女の望み通り、画家になりましょうか」
「あら。卑怯者」
「どうしてです?」
「そんな約束覚えてるなんて卑怯だわ……」
 類沢は黙って彼女の震える肩を抱き寄せた。
「でしたら、卑怯をもう一つ」
 二人の体が密着する。
 弦宮は息子を愛おしむように類沢を見上げた。
 頬を酒と痴情に赤らめて。
「夕飯は家に来て貰えませんか」
「え?」
 意味を図ろうとして、混乱する。
 だが類沢は淡々とした声で続けた。
「僕の失いたくないものに」
 グラスを傾ける。
 香りが鼻先を掠める。
 弦宮をまっすぐに見つめた。
「会って欲しいんです」

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