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どこまでも玩具

第12章 晒された命

「どうして……」
 雅樹が勢いよく釘を抜き、後ろに下がる。
 コートを貫通したみたいだが、肌の傷は浅い。
 多分、本気じゃないんだろう。
 伸ばしたくても伸ばせないシワを見下ろす。
「どうして俺を捨てたんですか!」
「雅樹は人間だよ? ナニものみたいに言って」
「馬鹿にするのも大概にして下さいよっ。誰がもの扱いしたと思ってるんですか!?」
 類沢は黙って見つめる。
 かつてそれでいいからと懇願した口を。
「理由を教えて下さい」
「理由? 納得しなければ嘘だと怒鳴り散らすくせに」
「いちいち煩いですね……昔と全く変わっていない。いいから教えて下さいよ」
「飽きたから」
「は?」
 雅樹が俯いていた顔を起こす。
「もしくは興味が無くなったから。それが嫌なら新しく好きな人が出来たから。または学校を移るのに面倒だと思ったから。他には何がいい?」
 温度が下がっていく。
 冷え切ってゆく。
 誰かの感情が高ぶる時、温度は反対に働く。
「……いっそ死んで欲しいですね」
 雅樹は首筋に爪を立てた。
 ギリギリと引っ掻く。
 何回も見た光景。
 言葉を感情が先行して、余った激動が自虐に繋がる。
 止めたって治らない。
「俺にはもう何の関係も持ちたくないんですか」
「元教師と元生徒。それで何が不満なの?」
「元恋人ですらないんですね」
 パタ。
 パタパタ。
 床に雫が落ちる。
 赤と白に反射する。
 雅樹は泣いていた。
「こんなこと辞めたら?」
「憎くて堪んないんですよね……愛されてる宮内が」
 初めて名前で呼んだ。
「瑞希はお前には何の因果もない他人だけど。ここまで来た時点で犯罪だよ」
「どうして俺を捨てたんですか」
「何回訊いても理由なんて変わらないし納得なんてしない」
 親指が縄の結び目にかかる。
 グイグイと引き上げ、空間を広げていく。
 あくまで雅樹から目を離さず。
「裁判に負けて、また前の関係に戻ってくれませんか」
 指が止まる。
 手首をスルスルと抜く。
「雅樹…」
「じゃなきゃ、どこまでだって宮内を追い回して必ず殺してみせます」
「なら、いいよ。付き合おう」
 雅樹が固まる。
 類沢は両手を広げて見せ、コートを正した。
「それで瑞希を守れるなら、何回だって抱いてあげるよ」
「…っ」

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