どこまでも玩具
第13章 どこまでも
雛谷が支度するのを眺める。
荷物をまとめてスイッチを押すと、闇に沈んだ。
非常灯がやけに眩しい。
鍵を締める。
「大荷物だね」
膨らんだ鞄を小さな身で担ぐ。
「しばらく来れなくなりますからねぇ。よっ……と」
「車?」
「歩きですけど」
「そう」
階段を降りる。
職員玄関で二人は止まった。
類沢の足は保健室に、雛谷の足は玄関に向いている。
「類沢先生」
「ナニ」
事務室の明かりが落ちた。
そろそろ施錠だ。
七時に近づいている。
だから雛谷は迷いながらも口を開いた。
「瑞希の見舞いに行くんですか」
「そうだけど」
「容態は?」
「まだ意識もないよ」
目線が泳ぐ。
「……もし良かったら病院名を」
「駐車場で待ってて」
返事を待たずに類沢は歩き出した。
保健室のカーテンを閉めて、机上を整理する。
外は真っ暗だ。
部活用のライトだけが景色を切り取って浮かべている。
外に出てから、扉に不在のカードを立てかけた。
無意識に指をなぞらせる。
パタンと揺れた。
「……不在にしときましたから」
有紗の言葉。
ふっと笑い、玄関に向かった。
車にもたれて待っている人影。
白い息を吐きながら。
「いいんですかー」
語気が強い。
大分不安なんだろう。
類沢は答えずに雛谷の荷物を後ろに乗せた。
エンジンをかけると、もう他に選択肢はない。
座席に乱暴に座る。
「壊さないでよ」
「独り身とは思えない車ですね」
「中古車を直しただけ。元値は百万しないよ」
「……嘘でしょう?」
車に詳しいのか、雛谷は細部をよく眺め回していた。
五分もすると無言になる。
ハンドルを切る音が無機質に響く。
「怒ってないんですか」
「なにが」
「そりゃあ……ほら」
「ああ。もう一ヶ月も前の話だし。あとは瑞希に判断は任せるよ」
雛谷は少し驚いた顔をした。
「それに」
「え?」
「お前にはもう……負ける気しないから」
エンジンの音が聞こえる。
雛谷は肩を揺らして笑った。
「ふふ……くっ、本当にアナタは腹立たしいなぁ」
類沢自身、自分の言葉に目が覚める思いがした。
あの日とは随分変わった気持ちに。
負ける気がしない。
その言葉が、脳に何度も響いた。