どこまでも玩具
第13章 どこまでも
今は護りたい。
「帰っておいで。自力で」
握り返して来ない手を両手で包む。
もうすぐ消灯だ。
椅子を壁際に寄せ、座り直す。
壁にもたれ、脚を組む。
携帯が震えた。
無意識に舌打ちが出たのに驚き、それから病室を出た。
廊下の端の休憩室に入る。
誰もいない。
「……もしもし?」
「せん、せ……今どこ」
仁野有紗。
「病院だよ。だから切るよ」
「待って! 待ってよ……やっと言えるの。聞いてくださ……い」
類沢は窓の前に立ち止まった。
満月が沈む。
「まずは……初めて会った時の失礼を謝らせてください」
冷たいガラスに腕を付き、街並みを眺める。
車のライトが線を描く。
「よく覚えてるよ。授業中にいきなり来てね」
「本当にっ……あのときは噂を信じてたので……」
「あながち間違いでもなかったんじゃない?」
自販機が断続的に振動する。
どこかの窓が開いているんだろうか。
風が吹いている。
「せんせ、私は」
携帯を耳からズラしたくなる。
本気の声は、心臓に悪い。
どうしたって残るのだ。
だが、ちゃんと聞いて答えなくてはならない。
「私は……せんせが、類沢雅せんせのことを愛してます」
囁くように、叫びを殺すように。
涙が伝う音すら聞こえてきそうだ。
「本当に、信じられないくらい好きで仕方がないんです。外見だって声だって、仕草の一つ一つが堪らなく好きなんです。せんせに欺かれたことがきっかけかはわかりません……っ、せんせが私なんかに興味ないのは百も承知です」
鼻を啜る音。
類沢は目を瞑って、ガラスに半身委ねて聞いていた。
「……瑞希になりたい。せんせに愛されたい……せんせの隣で生きたい!」
雅樹の言葉が蘇る。
―俺を愛してくださいよっ!―
「ありがとう」
「ふえ?」
有紗がどもるように洩らす。
「僕を愛してくれてありがとう」
「せんせ……」
月が隠れて夜空は更に黒くなる。
「それからごめんね」
「やだ……」
「きっと瑞希がいなくなっても、キミを選べない」
「なんでっ。あ……いや、違う。どうしたらいいんですか。どうしたら、せんせに選ばれるんですか……っ、私は西雅樹と同じなんですか」
静かに目を開ける。
「雅樹とは違うよ」
「私のどこがいけないのか教えてくださいよっ……直してみせますから。なんでもしますから!」