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あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 車が止まったのはある建物の傍ら。
 バタンとドアを閉めた類沢が眩しそうにそれを見上げる。
 隠れ家レストラン。
 そんな呼称が似合いそうな石壁に囲まれた西洋風。
「どこですか」
 サングラスを胸ポケットから取り出しかけて止まる。
「篠田の秘密基地」
 俺は眼を見開いて確認する。
「……嘘だよ」
 すぐに笑った類沢は、石段を登って行った。
「河南、酔ってないか」
 ワンピースの皺をはたいて伸ばしながら河南がやってくる。
「大丈夫……じゃない、なんで普通に話しかけてくるの」
「なんでまだ不機嫌なんだよ」
 バッグを揺らしながら頬を膨らませる。
「せっかく久しぶりに会えたんだからさ、あと半日は楽しまないか」
「うわー」
「なんだよ」
「ホストみたいなセリフ」
 河南の手を掴んで引く。
 へっと声を上げて、転ばないようについてくる。
「俺はホスト以前に彼氏だっつの」
 弱弱しく握り返してくるのを感じる。
 そういえば、手を繋ぐのも随分していなかった。
「じゃあ……私は彼女なんだね」
「当たり前」
「ふふ」
 栗色の髪が靡く。
 そうだ。
 俺はこの笑顔を裏切っちゃいけない。
 心まではホストになんかなんない。
 宮内瑞希は大学生で、この大切な人を守るのが一番。
 頭の中で二回繰り返す。
「遅いよ」
 しかし、類沢の顔を見た途端、自信はすぐにしぼんでしまう。

 木が擦れる音が響く。
 天井が遠い。
 俺は太陽の残光に目をしばたたかせて、それから息を洩らした。
「や……ば」
 邦画よりも洋画が好きな俺は、今日も河南とハリウッドの作品を観る予定だった。
 その予告編を思い返す。
 まさしく、此処は映画にふさわしい洋館だ。
 河南がぎゅっと手に力を入れたかと思うと、無意識に離した。
 口を開いたまま前に進む。
「すごい……」
 玄関ホール。
 螺旋状の階段がシンメトリーにそびえる。
 真紅の絨毯にシャンデリア。
 大使館はこんな感じだろうか。
「説明してあげないと、このまま気絶しちゃうよ」
 類沢が篠田の肩にもたれかかる。
「そうだな。しばらくぶりに好い反応だから面白くてな」
 パチンと壁のボタンを押し、室内が明るい灯りに満たされる。
「休みの日には、雅とたまに来るんだ。ようこそ、オペラへ」
 俺と河南は同じ顔で固まった。
 阿呆面で。

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