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あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 篠田と類沢がそれぞれ螺旋階段の前に立つ。
 白のスーツと藍色のコートが対照的に色を放つ。
「秘密基地ってのは嘘で、ここは夢の店なんだよね」
 くすりと笑い、手すりに手を這わす。
 透明なそれは、光を反射して水のように揺らめいた。
「理想のホストクラブを作りたいんだ」
 まさしく、夢みたいな暖かい陽光が差し込む。
 シャンデリアさえも陰に落としてしまうような光が。
「シエラは違うんですか」
「ああ。あそこは好い。けど始まった場所で終わる気はさらさらない。名義屋を片付けて、歌舞伎町に落ち着きが戻ったら、俺はいなくなる」
「そんな……」
「僕に譲るんだってさ」
 涼しい顔した二人に困惑する。
「家みたいにね」
「そう早くもないがな。秋倉だけじゃない。裏にいるのは遥かに面倒な奴らだ。堺から進出してきやがった奴ら。それが終わったらな」
 河南がおずおずと絨毯を歩く。
 足に吸い付くような、それでいて砂のように離れるような。
 篠田が拘り抜いた空間。
「なんで、今日連れてきたんですか?」
「雅の気紛れだ」
 顎で示された類沢が苦笑する。
「春哉が河南ちゃん気に入ったからでしょ? 女の子入れるの初めてじゃない」
「そうなんですか」
 河南が高い声で言う。
 トンと一段上がり、腰を下ろした篠田がほほ笑む。
「ようこそ、オペラへ。お嬢様?」
 かあっと熱くなる音が聞こえてくる。
 チーフじゃなくホストとしての篠田の顔は、類沢とは色は違うものの逸らせない魅力に満ちていた。

 二階は生活空間にしてあるようだ。
 北欧に来ているような錯覚を覚えながら客室に踏み入る。
「きれい……」
 テーブル、椅子。
 壁にかかった絵。
 レストランすら名前には劣る。
 類沢の部屋に入った時も呆気にとられたが、此処はレベルが違う。
「どうぞ」
 あの日、ワインを渡してくれた時と同じ言葉。
 俺は受け取りながら、類沢の眼の奥の感情を読み損ねた。
 鳥のさえずりが聞こえる。
「東京とは思えませんね」
 河南の言うとおりだ。
 なんて安らぐ。

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