テキストサイズ

あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 ここ数日は本当にいろいろあった。
 色々ありすぎた。
 俺はすっかり対処を忘れていた。
「え、えと……?」
 カタンと引き出しが閉まる。
 ブレスが揺れる手の中には手紙が一通。
 視線がそこに止まり、追いかける。
 端を唇につけて、類沢がじっと見つめる。
 蛍光灯と月光が混ざり合う。
「ああと……はい、いえ。その、開けました」
「そう」
 にこりと笑って類沢は近づいてくる。
 バクバクと心臓が早打つ。
「じゃあ、次の質問。なんで開けたの?」
 笑顔なのに。
 誰もが羨む笑顔なのに。
 俺はあとずさりしてしまった。
 ドンと壁に背中がつく。
 一歩手前で軽く首を傾ける類沢の圧に腰が抜けそうになる。
「ま、好奇心かな」
 一気に声が低くなる。
 俺は頷くことすらままならなかった。
 なにが悪いのかもよくわからないままに。
 その手紙の中身も知らないから。
「すみません……」
 蚊の鳴く声とはこのこと。
 俺は情けなくなりながらも、言い訳も出てこない。
 そこで類沢がふいと後ろを向いて、ベッドに腰掛けた。
 髪を解いて傍らの机に手紙を置く。
「ちょっとがっかり。触れてほしくなかったから」
 息を吐きながら横になる。
 それだけの動作で感情が身を震わせる。
 俺は口を開きかけて、そっと体育座りをする。
 冷たい床が責め立ててくる。
 穏便な人が怒ると怖いとかよく言うけれど、怒りを見せない方が恐怖は強い。
 結局数分してリビングに出て行った。
 もし酔っていなかったら、笑って済ませてくれたんだろうか。
 もしくは、怒りを見せてくれただろうか。
 見放されたような虚しさに、俺は悪寒がした。

 ソファに座り、月明かりを眺める。
 類沢がいつも心の奥底で思っていることを垣間見た気がするが、それは望んでいたタイミングじゃなかった。
 朝が来るのが少し怖かった。 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ