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あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 悩みながら眠ると安眠は滅多にない。
 四時に目を覚ました俺は、携帯のランプに気づいた。
 メール。
 河南からだ。
 眼を擦り、身を起こす。
 件名に目が留まる。
 『だいすき』
 なんだろう。
 うれしいとか、どうしたんだ急にとかよりも、胸が締め付けられる。
 緊張しながら開く。
『今度、シエラにお客さんとして行くね。がんばって』
 可愛い絵文字。
 なんだろう。
 どうして一字一字が引っ掛かる。
 まだ薄暗い室内をそっと歩いてシャワーを浴びようと洗面所に向かう。
 ガチャリと開けて叫びそうになった。
「ごっ、ごめんなさい!」
 急いで扉を閉める。
 類沢がタオルを背中に掛けて、濡れたまま立っていたから。
 何も纏わずに。
 出てきたばかりだからか、白く湯気が漂う。
 長い黒髪から滴が垂れる。
 一瞬でも強烈に焼き付く整った体。
 ソファに飛び乗りクッションを抱えて顔を埋める。
 筋肉の陰影と、浮き出た肩甲骨。
 口元を拭う仕草がなんであんなに綺麗なんだ。
「ああっ。思い出してどうする!」
 顔を振って残像を消す。
 あの夜まで呼び起こしてしまう。
 というよりもあの人は何時に起きたんだ。
 寝てなかったとか。
 考えても仕方ないことばかり浮かんでは消える。
 とりあえず頭をスッキリさせようと、さんぴん茶を一つ取る。
「僕にも頂戴」
 落としてしまった。

 ソファに並んで座る。
 類沢は上半身はタオルのみ。
 それを意識してしまう自分に自己嫌悪が止まらない。
 喉を鳴らして飲む音だけが響く。
 俺はちょびちょびとしか通らない。
 先に飲み干した類沢がペットボトルを指先で緩く回す。
「あの昨日は本当に……本当に」
「いいよ、もう」
 言葉が続かない。
 必死で頭を回転させていると、頭をなでられ、そのままぐいっと引かれた。
 胸元の熱にかあっと熱くなる。
「それとも、お仕置きされたい?」
 見上げてはいけない。
 きっと呑まれる。
 それでも俺は、顔を上げた。

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