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あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 視線がぴったりと重なる。
「怒ってるじゃないですか……」
「そう見える?」
 肩を抱いた手に力がこもる。
「その、何言っても言い訳かもしれませんけど」
 俺は昨日から結局殆ど意見を云えていない。
 今の空気しかチャンスはない。
「類沢さん、言ったじゃないですか。自分のイメージについて。会ったばかりの俺ですら、歌舞伎町№1ホストって印象なんだって……その時の類沢さんが、なんだか切なかったので……もっとその、類沢さんのことを知ったらちゃんと印象を表せるっていうか。もう何言ってんだ俺……まとまんないんですけど」
 ギシ。
 肩を抱いていた手が首筋にかかり、俺は押し倒されていた。
 ソファについた手が支柱を軋ませる。
「るい、さわ……さん?」
 タオルが落ちる。
 お互いの鼻がつきそうな距離。
「今は?」
「え……」
 ふっとほほ笑む。
 それから真剣な眼が自分を捕えた。
「今は僕のことをどう思っているの」
 流れた髪が鎖骨に模様づく。
 髪の一本一本すら芸術みたいだ。
 互いの息が聞こえる。
「今は……近寄りがたいっていうか、近づいちゃいけないって」
 意味を尋ねるような間。
「その、俺はやっぱり河南の彼氏で、大学生で、ホストとは縁の無かった人生で……だから、類沢さんとは……」
 いつでも離れられる距離を保ちたい。
 すっと出てきた感情だった。
 それから目が覚めた気分に襲われる。
 そうか。
 自分はそう思っていたのかと。
「まだホストは苦手?」
 初めて会ったときに言ったことを指しているんだろうか。
「シエラのメンバーは素敵ですし、チーフにほかの店の凄い人たちも尊敬します。でも……俺の居場所って感じはなくて」
 ここも。
 この家も。
 そう、思わないといけなくて。
 最近ずっと心に引っかかっていたこと。
 みんなとは、すぐに離れる仲なんだってこと。
 保たなければいけない距離があること。
 なにより、河南を裏切りたくないこと。
 全部がないまぜになって。
 最後に残ったのは乾いた関係。
 そんなんじゃないはずなのに。
 やるせなさ。

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