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あの店に彼がいるそうです

第7章 どちらかなんて選べない

 一夜が指を立てる。
「類沢さんからの伝言。辛くなった瑞希の逃げ場は一つでも多い方がいいでしょ、だってさ」
 逃げ場。
 俺がずっと探していた逃げ場。
 でもなぜか、俺は笑った。
「ちゃんと胸張って戻ってくるって」

 二週間ぶりの我が家からあっさり出て、なんだか狐につままれた気がしていまう。
 借金を月四万ずつ上乗せしても、俺はここに住むべきじゃないのか。
 だめだ。
 堂々巡りだ。
 ついでだから、忍と拓に会っていくことにした。
「瑞希ぃいいい!」
 忍の部屋にノックするが否や、拓が飛びついてきた。
 危うく濡れた地面に転ぶところだ。
 かろうじて拓を支え、踏みとどまる。
「ナニなに? なんなの」
「瑞希、ナイスキャッチ。今からそのバカ切り刻むから押さえといて」
 忍の殺気じみた声が前から近づいてくる。
「また喧嘩?」
 呆れて尋ねると拓がむくっと身を起こした。 
「オレは悪くない。可愛い忍が悪いんだ」
「うざってえっ!」
 スパンと拓の頭にスリッパが叩きつけられる。
 まるでハリセンだ。
「いってー……なにすんだよっ、忍! 大体そのスリッパはトイレ用だからこんなことに使っちゃダメだろうが。あとな、お前いっつも武器にスリッパとか箸とか二本セットにしなきゃダメな奴使うんだよっ。あとで片割れがいなくなって困んの目に見えてんだろうが! 使うんだったら丸めた新聞紙とかハンガーとかだな」
「うるせえっつってんのが聞こえねぇのか、てめぇはよっ! 希望通りの体罰が良ければいくらでもやってやるからこっち来い!」
 見れば一週間分ではと疑うほどの量の新聞を血管の浮き出た手で丸めた忍が、黒いオーラを出しながら迫ってくる。
 ポンポンと片手にぶつけながら。
 拓が青ざめる。
「いつも言ってるけど、オレはサド! 痛いのうれしくないっ」
「道端でバカなこと叫んでんじゃねーよ、この単細胞」
「オレ理系だから単細胞の侮辱は許さねえぞ」
「てめぇを侮辱してんだよ」
 なんだ、この状況は。
 久しぶりだからか全然ついていけない。
 とりあえず巻き込まれて新聞の餌食になりたくない俺はぱっと拓を離す。
 すぐに忍が襟首をつかんだ。
「つーかまーえた」
「瑞希! ホストになったら友情も売渡しちまったのか」
「意味わかんないこと言ってないで、二人とも落ち着きなって……」

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