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左手薬指にkiss

第1章 日常スパイス

 すっと差し出された袋を受け取ろうとした手先からするりと抜ける。
 雛谷が手を引いたのだ。
 また取ろうとしたら逃げられる。
 遊ばれてる。
 ちょっと機嫌悪くなって睨むと、雛谷は楽しそうに口角を上げた。
「代金の件なんだけど」
「とりあえず残高全部持ってきました」
「お金じゃなくてぇ……」
 腰に手が回される。
 ぞくりとした俺の耳元で囁いた。
「今度はちゃんとホテルで可愛がってあげようか?」
 呼吸が乱れる。
 ああくそ。
 また記憶が断片的に。
 全部が戻った訳じゃない。
 でも覚えてる。
 あの屋上の倉庫での痛い程の快感。
 するっと腰を撫でる指に下半身が疼きそうになる。
「……っ。それも……っ覚悟しては来ましたよ」
 至近距離で見た雛谷の瞳は夕焼けみたいに綺麗だった。
 数秒の間。
「……あーあ、もう堕ちないね。今の瑞希は一日ベッドに括り付けて抱き殺したって、一番は類沢なんだもん」
 あっさりと手が離れる。
「先生?」
 ビッと目の前に薬が差し出された。
「これで瑞希がよがるならその想像だけで抜けるからいいや。今回は初回特典でタダにしといてあげる」
「マジですかっ」
 つい大声が出てしまった。
 それを見て雛谷が吹き出す。
「ぶふっ……くく。あーもう……可愛いんだからさぁ。はしゃいじゃって。グチャグチャにされて来ちゃいなよさっさと」
 ペイペイと手で払いながら。
 俺は一礼をして踵を返した。

 公園を出ていく背中を眺めて雛谷は目を細めた。
「結構ヤバイの渡しちゃったけど……瑞希なら大丈夫だよねぇ」
 煙草を取り出して愉快そうにくわえた。

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