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いい女 惜別…

第1章 惜別…

 ⑤

 わたしは部屋に戻り、生前の彼が好きだった銘柄のタバコを1本取り出して…
 お線香代わりに火を点ける。

 わたしはタバコは吸わない、だから、このタバコは7年前の彼の忘れ形見でもあるのだ…

『アンタはさぁ、お気に入りなかなか捨てられないからねぇ…』
 先の親友の言葉が蘇る。

 お気に入りだけではなかった…

 実は、彼のモノ…

 全てがまだ、そっくりと残っているのだ。

 しかも、歯ブラシの類まで…


 灰皿に置いたタバコから煙がスーっと昇っていく…
 そして部屋中にそのタバコの匂いが漂ってきた。

 タバコの匂い…

 それは彼の匂い…

 そしてわたしはそんなタバコの匂いが大好きであった…

『タバコ臭いのが好きだなんて変だよ…』

『あ、フェチだな、タバコの匂いフェチ』

 生前、彼はよくそう云ってわたしをからかってきていた…


 わたしはそんなタバコの昇る煙を見つめ…

 ねぇ、どうしたらいいの?…

 なんとなく、その煙の向こう側に彼がいるような気がして…
 そう、問い掛けていく。


 さすがにもう修理はさぁ…

 どうしよう…


『ねぇ、オープンカーもいいけどさぁ、もしもよ、将来子供ができたらどうするの?…
 ツーシーターじゃ3人乗れないよ』
 昔、そう問うてみた。

『そうだよなぁ…
 そうしたらさぁ、そうだ…
 シトロエンのHバンがいいや…』

『はぁっ?』

『フランス車のシトロエンのまあ簡単にいうとさぁ、ワンボックスカーよ』

『ワンボックスカー?…』

『うん、それも少しキャンピングカー仕様に改造して、子供と一緒にあっちこっちさぁ…』
 
 わたしはクルマはさっぱりなのだが、彼はそう楽しそうに話してきた…
 ふと、そんな会話を思い出していた。

 そんな会話もあったわね…

 でも一人身のわたしには無縁な話し…

 でもどうしよう?…

 だが、既に、心の中ではもう修理はしない…
 と、なんとなく決めてはいた。

 そして…

 つまりは…

 彼との思い出のあのスパイダーとは…

 いい女の代名詞とは…

 そろそろ髪も切りたいし…

 もういいのかも…

 
 だから…

 惜別のお別れになるのかも…

 と、そう思っていた…




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