テキストサイズ

My Godness~俺の女神~

第2章 ♯Accident♯

♯Accident♯

 雨が降っている。
 実里(みのり)は先刻から何度目になるか判らない吐息をついた。車窓のワイパーがかすかな音を立てて、ひっきりなしに眼前で揺れている。いつもは気にならないその音が今日に限って、必要以上に神経をかき立てる。
 自分が常になく神経質になっていることに気づき、実里は更に大きな溜息を吐き出した。
 潤平さんは、どうして自分の気持ちを理解してくれないのだろう?
 短大を卒業し入社して七年めにやっと訪れたチャンスだった。まさに、待ちに待った千載一遇の好機だと言っても、差し支えはない。
 なのに、彼は実里にニューヨークについて来いと言うばかりだ。今度のプロジェクトに参加しなければ、恐らく実里には一生、チャンスはめぐって来ないに違いない。だからこそ、今は眼の前の仕事に専念したいのだと心を込めて訴えても、潤平はおよそ聞く耳を持とうとしない。
 一体、何がどこで間違ってしまったのだろうか。F女子大の短大部英文科を卒業してから、実里は外資系の出版社に就職した。実里は念願の総合職に配属され、それなりに頑張ってきたつもりだ。
 しかし、入社の翌年早々、総合職から受け付け係に回されてしまい、実里の希望は空気の抜けた風船のように萎んでしまった。この会社は主に幼児・低学年向けの絵本を出版しており、外国で出版された優秀な絵本を日本向けに翻訳して国内に広めるという事業に力を入れている。
 得意の英語を活かしたいと思って入社を希望したのに、二年目で早々と総合職から受け付け嬢に回されてしまった。会社の顔といえば聞こえは良いけれど、所詮は単なるお飾りにすぎないのは誰の眼にも明らかである。
―君の容貌からすれば、やはり、ここが最もふさわしい居場所だよ。ま、一つ頑張ってくれたまえ。
 上司は実里の肩を叩いて慰めるような口調で言ったが、あれは〝君は役立たずだ〟と宣告されたも同然だった。
 以来、秘書検定や英検一級などの様々な必要かつ役立つと思われる資格試験を受け、それらに備えて勉強してきたのだ。社内の自主講習会や有名人を招いての講演会にも積極的に参加して、自分の存在を地味にアピールすることにも努めてきた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ