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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 その時、ふと秀龍は、猫の首輪代わりのリボンは女性の使う髪飾りだと気づいた。かなり使い込んだもののようではあるが、端っこにタンポポの刺繍が小さく入っているところを見ると、春泉のものだろう。
「お前は良いよな。春泉に可愛がって貰ってさ。私なんか毎晩、春泉の隣に寝てるのに、手も握らせて貰えないんだぞ? それに引きかえ、お前はいつも春泉の寝床に潜り込んでるだろう? 良いか、春泉は私の妻なんだ、そのところはよおく憶えておけ」
 華やかな婚礼から既に数日が過ぎていた。義父母の手前もあり、この間、秀龍は春泉と同じ室で眠っていたものの、二人の間には何の変化もない。惚れに惚れて抱きたくて堪らない女―しかも自分の妻である―が手を伸ばせばすぐ届く場所にいるというのに、指一本触れられないというのは秀龍にとっては拷問だ。
 我が身の境遇の悲哀を思うにつけ、妻のやわらかな胸に寄り添って眠るこのふてぶてしい猫が恨めしく憎らしい。
「お前は猫の癖に生意気だぞ」
 決めつけてやると、脚許に行儀良く座っていた猫がチラリと秀龍を一瞥する。
 秀龍は、たかが猫相手に嫉妬する自分に自分で呆れ、苦笑した。
「おい、お前は春泉の護衛武官だろう? ご主人さまの傍を離れて、俺のところなんかで油売ってても良いのか」
 まるで人に話しかけるように問うと、小虎は〝ニャ〟と短く鳴いた。
 もし、彼が人だったら、〝ただ今、散歩中〟だとでも応えたかもしれない。考えてみれば、秀龍は年甲斐もなく猫に妬いたり、本気で腹を立てたりしている。彼が小虎を名前で呼ばず、〝お前〟呼ばわりするのも、ささやかな意趣返しの表れに他ならない。
 もちろん春泉には嫌われたくないから、彼女の前ではちゃんと愛猫を〝小虎〟と呼ぶが。まあ、小虎は小虎で、秀龍には何か含むところがありそうだし、全く新しいご主人さまだとは認めていないようだから、お互いさまというところかもしれない。
 ハアーと、秀龍はまた、切なげに呻く。
「それにしても、私のこの鉄のごとき自制心と岩のごとき道義心もいつまで保つことやら。春泉、早く抱きたい」
 呟いた途端、鋭い爪が一閃し、秀龍の漸く数日前の擦り傷が癒えたばかりの顔をひと撫でした。

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