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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 その後で急に少しきつく当たりすぎたかと不安になり、扉を細く開けて中の様子を覗き込む。
「そんな格好だと、風邪がぶり返す。ちゃんと服を着るんだぞ?」
「良い、兄貴。檻の中の熊は嫌われるよ」
 またしても腹の立つひと言を投げつけられ―、秀龍は今度こそ戸をバンと閉めた。
 しかし。
 憤怒のあまり、肩を怒らせてドスドスと翠月楼の廊下を歩く秀龍、ぶつぶつと何やら呟いている様は不気味ではある。
「さりげなーく。さりげなーく押し倒す」
 よし、これで決まりだ。流石は我が義弟と思うだけのことはある。いや、翠月楼に入るまでは、年上の女たちを手玉に取って、しこたま貢がせていた女タラシだけはある。
 女タラシが実践と経験に基づいての助言だから、まず、この手でいけば、間違いはないだろう。
 そうだ、今日は帰りに市の花屋に寄って花でも春泉に買って帰ろう。甘い雰囲気作りのために、まず花は欠かせない。
 現金なもので、秀龍は鼻歌など口ずさみながら、階下へと続く階段を降りていった。
―兄貴、俺は妓生になる!!
 妓生になれば、一生涯、綺麗な女物の衣装を着て、美しく装える。女装趣味が高じた挙げ句、親友の弟がそんな馬鹿げた法外な理由で家を飛び出して、はや四年。
 今の大切な弟の姿を見たら、あの世の友は一体、何と言うだろうか。やっぱり、本気で殺されそうな気がする。
 世が世なら、香月は政丞(チヨンスン)(議(ウィ)政府(ジヨンプ)の三丞(サンスン)、領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)、左議(チヤイジヨ)政(ン)、右議(ウイジヨ)政(ン)を指す、宰相)の倅、私などより、よほど高位の官職にだって就けただろうに。
 明賢よ、そなたの大切な弟をむざと妓生などにしてしまった私を、お前はさぞ恨んでいるだろうな。
 心の中で亡き友に呼びかける。
 読書好きの穏やかだった幼なじみ、秀龍とは共通した趣味も多く、性格的にも似ていたため、誰よりも気の合う仲間同士だった。
 いや、そなたなら、私を恨みはすまい。不肖の弟を持った自分の運が悪いのだと、己れを責めるに違いない。
 あの男は、そういう男だった。温厚だけれども、他人を責めるよりは自分が責任を被ろうとする、男気のある男だったのだ。
 ちなみに―。後に、女装の男性が妓生として客を取る専門の見世となった翠月楼。その名物女将香月の若き日の姿でもある。

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