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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 こんな真夜中に書見をしているのだろうか。
「今夜は遅かったのですね」
 口に出してから、内心、しまったと後悔した。帰宅の遅かったのを咎めるように聞こえたのではないかと思ったのである。
 それでも、秀龍は顔を上げようとしない。
 やはり、気を悪くしたのかと春泉が思ったその時、〝そうか?〟と殆ど聞き取れないような声が聞こえた。いかにも気のない返事に心が折れそうになるが、自分を鼓舞して口を開く。
「旦那さまをお待ちしている中に、うたた寝してしまったようです。もうお寝みになっていたら、どうしようかと思いながら来てみました」
「いつものように、先に眠っていたら良かったのに」
 相も変わらず視線は書物に向けたまま、秀龍は淡々と言う。
 秀龍は毎夜、春泉の寝室を訪れはするものの、帰りの遅い秀龍がやって来たときには、既に春泉は背を向けて眠っていることが多い。もちろん、目ざめていることもあるが、眠っているふりをした方が互いに気まずくならないので、春泉は寝たふりをしている。
 秀龍の科白に、春泉は今、ここで回れ右をして、部屋を出てゆきたくなった。これ以上、言葉だけが上滑りしてゆく退屈な会話を続けていても、意味がない。
 しかし、今夜は仲直りとまではゆかずとも、少なくとも謝罪のつもりで来たのだからと自分に言い聞かせた。
 春泉の動揺が伝わったのかどうか、ややあって、秀龍がまるで言い訳のようにぼそりと付け足す。
「帰り際に義禁府長に呼び止められ、書類の整理を頼まれてしまったのだ。そのため、帰るに帰れなくなった」
 唐突に、春泉の胸に疑念が萌した。
 まず真っ先に浮かんだのは、本当だろうかという想いだった。残業、残業と言いながら、その実、秀龍は想い人香月との逢瀬を愉しんできたのではないだろうか。
 幾ら長官からの直接の命とはいえ、この時間まで宮殿に居残って本当に書類整理をしていたのだろうか。
 考え始めたら、秀龍が口にするすべてが一つ一つ、嘘のようにも思えてきてならない。
 いけない、こんなことでは駄目だ。

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