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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

眼許も工夫して、濃い色と薄い色の配分を考えて上手く色乗せすれば、この細い眼も見ようによっては、もう少しくらいは大きく見せることもできるのでは?
 それから。それから―、いちばん気になっている唇は。
―少なくとも、俺はあんたを綺麗だし、可愛いと思う。ほら、その紅を塗ってなくても、つやつやと光って色っぽい唇がどんな味がするか、俺が一度吸って、試してみてやろうか―。
 また唐突にあの男の科白が甦ってきて、春泉は真っ赤になった。熱いのは頬だけではない、身体全体がまるで微熱を帯びているようだ。
 あの男、名前は確か―。
「光王といったわ」
 光王、珍しい名前であった。国王を頂くこの国で、名前に〝王〟の字を入れるのは滅多に見られない。
 けれど、また、これほどあの傲岸なほど自信に満ちた男に相応しい名前もないだろうとも思う。一見したところ、二十四、五に見えないこともないけれど、実年齢はまだ二十歳そこそこに違いない。時折、彼が大人びた顔の中に覗かせる少年めいた表情がそれを物語っていた。
「別にあの男の言葉を信じてるわけじゃないもの」
 自分でそう言い訳めいた科白を口にしながら、春泉は傍らのこれも螺鈿細工の箱を開き、化粧道具一式を取り出す。水で溶いた白粉を器に乗せ、布を丸めたもので丁寧に顔に塗ってゆく。更に鏡を見ながら慎重な手つきで、眼尻に紅を差してゆく。最初は群青色、更には、はんなりとした紅色。あまり濃くなりすぎないように気をつけながら、それらの色をぼかし、微妙な陰影を眼許に刻んでいった。
―その紅を塗ってなくても、つやつやと光って色っぽい唇がどんな味がするか―。
 また、光王の言葉が耳許を掠め、春泉は狼狽する。
「べ、別に、本当にあんないけ好かない奴の言うとおりにするわけじゃないんだから」
 そう言いながらも、彼女は唇にはいつもしているように紅は塗らなかった。春泉の唇は確かにしっとりと濡れたように艶やかな紅だ。知らない人は大抵、彼女が鮮やかな紅を引いていると思うらしいが、とんでもない。それ以上紅を乗せると、かえって毒々しくなりすぎるので、紅を引いたことはない。

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