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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 部屋の中央には、眼にも鮮やかな紅色の夜具がでんと敷かれている。妓生が客を取るためものだ。
 布団の傍らには、小卓が三つ。酒肴や簡単な食事が用意されている。秀龍がここで酒を呑むことはまずないが、食事の方は大抵、済ませて帰るのはいつものことだ。
 額に手を当てて呻く秀龍がふいに、その布団にゴロリと横になった。
「ねえ、俺の話なんて、もうこの際、どうでも良いからさあ。兄貴の話を教えてよ」
 香月が仰向けになった秀龍ににじり寄り、その顔を上から覗き込む。この光景は知らない人が見れば、完全に誤解する場面だ。
 美しい色香溢れる妓生が夜具に横たわる精悍かつ優美な若い男にしなだれかかっている―ようにも見える。確かに絵になる構図ではあった。 
「あれから、どうなったの?」
 香月は秀龍の身体に手をかけて揺さぶる。まるで幼子が兄に昔話の続きでもねだっているようだ。
「煩いな。明け方近くまで仕事で、こちとら眠たいんだ。寝かせてくれよ」
 秀龍が邪険に香月の手を振り払った。
「つれないなぁ」
 〝ねえ。秀龍さま~〟、いきなり女の声色を真似た香月に向かって、秀龍は思いきり嫌そうな表情をした。
「気持ち悪い。変な声を出すな。蛙が風邪引いたような声を出すんじゃない」
「蛙が風邪引いたア? なに、それ。ありえないだろ」
 秀龍は面倒臭そうに床の上に身を起こした。
「私の話の何が聞きたいんだ?」
「あれから奥さんとは順調なの?」
 好奇心丸出しの瞳が輝いている。
 秀龍は眉をしかめた。
「駄目だった。本当に本当に、思いきり駄目だった。玉砕だ」
「何もそこまで力説しなくても」
 香月はクスクスと笑いながら、肩を竦めた。
「どうせ兄貴のことだから、そんなとこだろうとは思ったけどね」
 秀龍はふて腐れたように言った。
「ちゃんとお前の言うとおりにしたんだぞ?」
「本当かなぁ?」
 香月は疑わしそうな眼で秀龍を見た。
「言ったとおりにやれば、間違いなかったはずだけど? 本当に言ったとおりにやれたのかな」

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