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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

「ま、いいや。君が今日、ここに来たことは二人だけの秘密にしておこうよ。俺もまだ兄貴に殺されたくはないからね。兄貴のことだから、大事な奥さんが俺に逢いにきただなんて知ったら、俺、もう本当にマジで剣を突きつけられかねないよ。あの人、頭も切れるし、剣の腕も相当立つからさ。本気でかかってこられたら、幾ら俺でも、ちょっとヤバいかも」
 そこで、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「うん、二人だけの秘密って、何か良い感じ」
 何が〝良い感じ〟なのかは理解できないまま、春泉は曖昧な笑顔で頷いた。
「あの、香月さまももしかして、武術の心得があるんですか?」
 それよりも、春泉は先刻の香月の言葉が気になっていた。
―本気でかかってこられたら、幾ら俺でも、ちょっとヤバいかも。
 その何げないひと言からは、香月にもまた秀龍ほどではないにせよ、武術の心得があるのではと思わせる響きが込められていたからだ。
 春泉の素朴な疑問に、香月は少し得意げな表情になった。そんな顔になると、臈長けた天下の名妓が忽ちにして無邪気な少年のように変わる。
 確か香月は今年、二十一歳になるはずである。思えば、二十歳の春泉より一つ上なだけだ。
 この妖艶な美女が自分とわずか一つ違いと思えば、冴えない自分とのあまりの違いに真剣に落ち込みそうになるが―。
 多分、素顔の香月という人は、見かけよりも気さくで純粋な心の持ち主なのだろう。本当にただ気位の高いだけの人ならば、こんな無邪気で無防備な横顔を他人に―しかも初対面の人間に見せたりはしないはずだ。
 春泉は香月の花のような顔に相変わらず半ば見惚れながら、ぼんやりと考える。
「こんな格好しててもね、俺はれっきとした男だから。剣だって握るし、弓矢だってなかなかだよ? 何もしないでいたら、腕が鈍るでしょ、だから、人知れず、夜間訓練なんてしてるの。見かけはこのとおり良い加減だけど、こう見えて、俺って結構、真面目な努力家なんだ。何なら、一度、一緒に遠乗りにでも行かない? 狩りでもして、俺の弓矢の腕を見せて上げようか?」
「あ、いいえ、良いです」
 思わず香月の話の調子に乗せられそうになり、春泉は慌てて首を振った。

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