テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

「まるで盗賊団の首領のようだから、〝お頭〟と呼ぶのは止めろと兄貴は日頃から言い聞かせてるんだけどね。兄貴は義禁府の仕事でなかなか〝家〟に顔を出せないから、相談事があるときは、俺のところにもよく来るんだよ」
 改めて秀龍には色んな面があるのだと、春泉は思わずにはいられない。
 何の見返りもないのに、都中の孤児を集めて生活の世話をしている秀龍も彼なら、王宮で女官と一夜を過ごした秀龍もまた皇秀龍という同じ男なのだ。
 秀龍の妻として共に二年も過ごしながら、春泉は彼についてまだまだ知らないことがあまりにも多いことに今更ながら思い至ると、落ち込んでしまう。
 そんな物想いを破るかのように、香月の声が耳を打った。 
「よくここが判ったね」
 言葉遣いと声だけが男のものなので、外見の豪華な妓生姿との不釣り合いがどうも妙に思えてならない。
「翠月楼の女将さんに教えて頂きました」
「そう」
 香月はどこか気のない様子にも見える素っ気なさで頷くと、また、視線をあらぬ方に向けた。
「何で皇家の奥方がこんなところにいるわけ? 兄貴と喧嘩でもしたのか」
 春泉が何も応えられないでいると、香月がフと笑った。
「どうやら図星みたいだね」
 しばらく、二人の間に言葉はなかった。
 どうも先日とは勝手が違う。数日前、男姿の香月と町中で同じひとときを過ごした際には、黙って一緒にいても、沈黙が少しも重たいものには思えなかったのに。
 段々、静寂が気詰まりなものに思えてきた頃、香月が唐突に口を開く。
「春泉はこの間も一人ぼっちで町中を歩いていたっけ」
 香月がくるりと身体の向きを変え、春泉を見た。
 ひたと向けられた、揺るぎのないまなざし。
 何故かその視線を見つめていられなくて、春泉は視線を逸らした。
「春泉は今、幸せなの?」
 え、と、予期せぬ問いに応えあぐねていた彼女に、香月は矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「兄貴と一緒にいて、春泉は幸せなのか?」
「あ―、私」
 春泉は何か言おうとして言葉にならず、口ごもった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ