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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

 どこまでも漆黒の闇がひろがる中、一杯に花をつけた桜の樹が一定の間隔を空けて植わっている。
 夜といっても、月が出ているので、脚許は確かだし、周囲の風景も十分に見られる。
 春泉がこの桜ヶ丘に来たのは、つい今し方のことである。秀龍が香月(英真)に呼ばれて翠月楼に来たのも、二階の香月の部屋でかなり長い間、話し込んでいたのもすべて知っている。
 二人の男たちの話し合いが済む少し前に見習いの少女に知らせにゆかせるから、そうしたら、桜ヶ丘に行けと言われた。つまり、そこに秀龍が来るはずだから、予め先に行って待つようにということらしい。
 英真と秀龍が何を話したのかまでは知らないけれど、今回の春泉の家出に拘わる問題なのは想像できる。
 もしかしたら、今度こそ、自分は秀龍と別れなければならないかもしれない。
 幾ら秀龍が身勝手なふるまいに及んだとはいえ、両班の男が妻以外の女に手をつけるのはごく当たり前のことだし、秀龍は春泉の良人なのだから、春泉を幾ら抱こうと当然なのだ。
 それに、と、春泉は昨夜のあれこれを思い出し、我知らず頬を熱くした。
 秀龍は確かに荒々しく春泉を組み敷いたが、正直言えば、当の彼女自身の身体もまた、その烈しすぎる愛撫を歓び、自ら秀龍を深く迎え入れようと協力的だったほどだ。
 昨夜、いつもと違っていたのは秀龍だけではなく、自分も同じだ。あれだけ秀龍の腕の中でもだえ、喘ぎ声を上げておきながら、秀龍だけを一方的に責められはしない。
 一体、自分はいつからあんなにはしたなく、淫らになってしまったのだろう。
 そんなことをつらつらと考えていた時、後方でパキリと枯れ枝か何かを踏みしめる音が聞こえ、春泉は身を竦ませた。
 愕いて悲鳴を上げそうになり、慌てて背後を振り返る。
 春泉の眼に、ゆっくりと近づいてくる秀龍の姿が映じた。
 皇秀龍、私の恋い慕う良人。
 たった一日逢わなかっただけなのに、一年、いや十年も顔を見ていなかったような気がする。
 多分、自分はこの男のことが自分で思っている以上に好きなのだ。

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