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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第16章 眠れる美女

 その日も各自で夕食を済ませた後、春泉は良人の部屋を訪ねた。日頃は兵曹参判としての公務が多忙を極めている秀龍だが、この日は珍しく早めに帰邸していた。
「旦那(ナー)さま(リ)、今日、吏曹判書さまのお屋敷にお伺いして参りました」
 春泉が切り出すと、文机に向かっていた秀龍がつと顔を上げる。どうやら書見中らしく、文机の上には分厚い書物が開かれたままの状態で置かれていた。
「それは労をかけたな。それで、若い奥方の様子は、どうだった?」
「はあ、それが―」
 春泉は少し考え、やはり、自分が見た鈴寧の姿についてはしばらく静観の必要があると判断した。たとえ誰より信頼できる秀龍とはいえども、軽々しく口にするべきできはないと思ったのである。
 何故なのかと言われれば、応えるのは難しいが、鈴寧を誰にも逢わせないようにしている吏曹判書一家には何か深い思惑が隠されているような気がしてならなかったからだ。
 話すべきときが来たら―、せめて、もう少し事情を把握してからでも遅くはないと思う。
「何か妙なのです」
「妙―とは?」
 秀龍が訝しげなまなざしを向けた。
「応対には吏曹判書さまの奥方がおん自ら出られたのですが、結局、若奥さまにお逢いすることはできませんでした。奥方のおっしゃるには、若奥さまの病はまだ重く、見舞客に逢わせられる状態ではないというのです」
「―」
 秀龍は何か思案している様子で、黙り込んでいる。
 春泉は良人を見つめながら、注意深く言葉を選んだ。
「失礼を承知で申し上げるのですが、てんかんの発作を起こした後は、不幸な場合、精神や思考力に少なからぬ影響を及ぼすといいます。あちらの奥方さまが若奥さまを誰にも逢わせないというのも、そのせいかとも思ったことは思ったのですが」
 秀龍からはなおも応(いら)えはなかった。
 その間に、春泉は女中を呼び、茶を淹れる支度を整えさせた。春泉は小卓に乗った急須を手に取り、手際良く湯呑みに茶を注ぐ。
 その流れるような所作を見るとはなしに見ながら、秀龍がついに口を開いた。
「やはり、な」
 春泉は湯呑みの一つを取り上げ、秀龍の前に置く。

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